2008年07月25日

「芸能界2大謎」の偉大さを思い知る――卍LINE

 俳優の窪塚洋介がレゲエ・シンガー「卍LINE」としてリリースしたデビュー・アルバムを、つい先日、友人が手に入れたらしく、そのCDを、べつにこちらから頼んだ覚えは一切ないのだが、貸してやる、という。

 聴け、ということらしい。

 ちなみに、先にCDを聴いた友人曰くは「全然良くなかった」とのこと。

 で、貸してやる、などと、ぴっかぴかの笑顔でもって言い寄ってくる人の厚意を無碍に断ることが出来るほど俺は冷酷な人間ではないので、まあ、ありがたくお借りしたわけですが、それにしても、だ。
 「全然良くない」CDをなぜ貸すのか。
 そんなものを貸されても困るしかないではないか。
 馬鹿か!
 
 とはいえ、ま、借りてしまった手前、聴かないわけにもいかず、なので、とりあえず聴いたみたわけですが、いやこれはまずい。
 
 サウンドが全体的に平坦でいかんせん間延びして聴こえる、どの曲も似たり寄ったりで一本調子、という問題もあるにはあるのだが、それ以上に深刻なのは卍LINE(窪塚洋介)のヴォーカルである。

 なんだか地声がそのまま歌声になってしまったようなというか、若干小島よしお似の軽い感じのハスキーボイス調というか、とにかくそんなようなヴォーカルに強烈な違和感を覚える。
 ちなみに小島よしおはクリスチャーノ・ロナウドとそれからレミー・ボンヤスキーにも似ているが、それはまったく関係ない話なので、とくに気にしなくて良い。

 で、この強烈な違和感、なにかに似ているなと思ったら、「栗田貫一のルパン三世」だった。

 山田康雄のルパンに慣れ親しんだ人間にとって栗田貫一のルパンはあくまで「モノマネ」でしかなく、なので、「クリカン=ルパン」という図式はいまだにどうにもリンクしがたいものだが、「窪塚=俳優」という認識に対する「窪塚=レゲエ・シンガー」というカウンターパンチもそれに負けないくらいの違和感だ。
 とにかくこのメガトン級ともいうべき違和感が、CDを再生している間、頭の中でぐるぐる回ってしかたがなく、いちミュージシャン「卍LINE」の作品として純粋に受け止めるのにはかなりの困難を要する。

 しかもこの卍LINEのヴォーカルがまたもの凄く「陽気」な調子というか、ややもすればひどく「ノーテンキ」な調子にさえ聴こえ、それがレゲエ特有のまったりとしたムードをいかんともしがたく助長しているのだから、なおさらまずい。
 というのは、なにしろ本作並びに卍LINEにとっての音楽活動とは、

 「『バビロン』(“社会”という意味らしい)に対する『レベル(“反抗”という意味らしい)ミュージック』である」

 とかなんとか、ご本人がそうおっしゃっているからであり、そんな「社会」に対する「反抗」たるべき代物がよりにもよって「ノーテンキ」だったり「まったり」に聴こえるなんてのは、どう考えてもまずいに決まっている。

 というわけで、おなじ芸能の世界に籍を置いているとはいえ、俳優とミュージシャンはあくまでも似て非なる業種であり、やはり違和感を覚えないほうが難しい、と、改めて感じた次第であって、じっさい、俳優のみならず、プロレスラーや元プロ野球選手、さらには超能力者といった具合に、さまざまな似て非なる業種の者らの音楽作品をべつのブログでレヴューしてきた俺だが、どれもが違和感バリバリだった。

 今後も音楽活動を継続していくことでそういった違和感は徐々に払拭されていくのかどうかはよくわからないが、とりあえずわかったのは、いつ聴いても違和感ありまくりの歌なのに、本人はまったくそんなことは気にもしてない様子で何年にも渡って音楽活動に異様なほど積極的に取り組み、しかもCDを出したら出したでなぜかそれなりにヒットする織田さんと、俳優業も音楽活動もバリバリこなしているのに、そのどちらもまったく違和感を感じさせない福山雅治はきわめて特種な例である、ということだ。

 芸能界の2大謎、と言えるかもしれない。

 
卍LINE卍LINE
卍LINE

BMG JAPAN Inc.(BMG)(M) 2008-06-25
売り上げランキング : 409

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
ラベル:卍LINE 窪塚洋介
posted by とんち番長 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ミュージシャンをコラムる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月20日

不良の人には逆らえません――中村達也

 「まったく不毛なことだが、私の悪いクセは、外国のタレントを理解しようとするときに、『この人は日本でいえば誰なのか』と考えてしまうことだ」

 なんてなことを書いたのはナンシー関であるが、俺もまったく同じことをよく考える。

 たとえばついこないだ、サッカー界の王様・ペレが母国ブラジルの街を車で移動中に強盗に襲われたが、強盗はペレだとわかった途端、彼に謝罪すると、そのままなにも盗らずに逃走した、という騒ぎがあったらしい。
 
 で、このニュースを聞いて俺が考えたのはむろん

 「ペレを日本人に置き換えると誰になるのか」

 ということで、頭に思い浮かんだのは長嶋茂雄もしくは王監督であった。

 強盗しようとした相手がミスターや王監督だったら、そりゃあ誰だって尻尾を巻いて逃げ出すに決まっている、と勝手に納得した次第である(まあ、実際には長嶋さん王さん共に、過去に窃盗の被害に遭っているわけだが)。

 ちなみにこのニュースには続きがあって、元ブラジル代表FWのロマーリオもペレと同じような感じでかつて強盗に遭い、やはり途中でロマーリオだと気づかれたらしいが、それでも強盗はひるむことなく高級車を奪って逃走した、とのことで、ではロマーリオは日本の誰にあたるのかというと、これはズバリ前園さんではなかろうか。
 前園さんに例えるのはロマーリオに対してちょっと失礼なような気がしないでもないが、

 「ま、前園(ロマーリオ)だし、いっか」

 と強盗が思ったとすれば、俄然納得できるというものだ。

 先月(6・25@恵比寿リキッドルーム)、モーサム・トーンベンダーのライヴを観に行ったところ、ライヴの途中にゲスト・ミュージシャンとして元ブランキー・ジェット・シティの中村達也が登場した。
 全身にタトゥーを彫りまくった中村氏は、トランペットを吹きながら終始不敵な笑みを浮かべてらっしゃった。
 中村氏を生で見るのははじめてであったが、音楽雑誌などで拝見したときに感じていたとおりの、とても怖そうなお方であった。

 なにより一切のギャグが通じなさそうな感じがつらい。
 というか、ギャグなんか言ったら殴られそうだ。
 といって、中村氏のツボにはまるようなギャグをかましたとして、

 「うはははは。おいおめぇ、なかなかおもしれぇじゃねえか」

 みたいな感じで異様に気に入ってくれそうだが、またそれもそれでなんだか怖い。

 中村氏というと、やはり「不良」「荒くれ者」というある種のロックの典型的なイメージが強い。
 「革ジャン」&「革パン(もしくは穴のあいたジーンズ)」&「なんかやたらつま先の尖ったブーツ(もしくはコンバースのスニーカー)」、そして「バイク」という感じだ。
 立ち位置はちょっと異なるが、スタイルとしては、若いころのエルヴィス・プレスリー、シド・ヴィシャス、ジェームス・ディーンあたりが適当だろうか。

 で、そういった世界観を見るにつけ、
 
 「ああ、俺とは100億光年離れたキャラだ。これは無理」

 と毎度のように実感させられる。

 ミッシェル・ガン・エレファントなんかもそうだったが、ああいうユーモアの介在が一ミリも許されぬようなガチガチな不良タイプのロックは、いくらサウンドがかっこよくても、ちょっと苦手だ。

 「♪ガソリンの香りがしてる〜その中に落ちていた人形が、マッチ売りの少女に見える」

 と歌われても、正直どうしたらいいのか困ってしまう。
 まあ、どうする必要もないわけだが。

 ライヴの帰り際、バイクに乗った中村氏が突如目の前に現れ、

 「おい小僧。ガソリンがあと少ししかないんだけど、財布持ってくるの忘れた。ちょっとカネ貸してくれや」

 などともし声をかけられようものなら、絶対に断れないんだろうな、そしてカネ貸しても返してくれないんだろうな、と妄想したら震えた。

 じつに不毛である。
posted by とんち番長 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ミュージシャンをコラムる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

『ゲゲゲの鬼太郎』実写版第二弾映画のキャスティングにもの申す

 『ゲゲゲの鬼太郎』の実写版映画第二弾が完成し、本日から全国の映画館で公開されているらしい。

 正直、ふざけるなという感じだ。

 以前に公開された第一作目のとき、「キャスティングがなってない」と俺がブログでダメ出ししたにもかかわらず、その教訓がまったく生かされてないのはどういうことなのか。

 まあ、誰も読んでなかったから教訓にもなんにもならなかったのだろうことは容易に想像できるところだが、それにしてもなんだかなあ、と思う。

 なぜウエンツ瑛士が鬼太郎なのか。
 どう考えても鬼太郎は小室哲哉に決まっているではないか。
 なぜTKを起用しないのか、さっぱり理解できない。

 むろんそれは

猫娘=田中麗奈
ねずみ男=大泉洋
砂かけばばあ=室井滋
子泣きじじい=間寛平


 という、前作をそっくりそのまま踏襲した配役にしても同様で、あまりのむごたらしい惨状に怒りを禁じえない。
 一言でいって、最悪である。

 まあしかしだ。以前ダメ出しした上で俺が提案したキャストは、いや考えてみたら、たしかにあれはちょっと無理があったかもしれないな、とは思う。

 猫娘役ににしおかすみこだなんて、今にしてみると、なんて安易きわまりない配役なんだ、と、じっさい思うし、目玉のおやじ=西川きよしって、単に「目玉」なだけじゃないか。言った俺自身、ありえないと思う。
 挙句には、適当な人間が思いつかないからといってTK繋がりというそれだけの理由で子泣きじじい役にマーク・パンサーを推したりしたわけで、さすがにこれはふざけすぎだと叱られたとしても、正直、返す言葉がない。

 というわけで、今回は真剣に本気出して考えてみた。
 以前提案したキャストを大幅に修正したもので、これこそが『ゲゲゲの鬼太郎』のパーフェクト・キャストであると断言する。第三弾を作るときはぜひ参考にしていただきたい。

鬼太郎=小室哲哉
猫むすめ=千秋
ねずみ男=さだまさし
砂かけばばあ=野村沙知代
子泣きじじい=坂口なんとかっていう元厚生労働大臣の人
ぬりかべ=デビッド・クルサード(千野なんとかという女アナウンサーでも可)
目玉おやじ=CG(声=クロちゃん)


 ついでなので、『スラムダンク』という漫画なんかも昔かなり人気があったはずなのになぜかいまだに実写映画化されないのは、やはり適当なキャストがなかなか思いつかないからなのだろう。
 というわけで、『スラムダンク』の実写版キャストも考えてみた。

桜木花道=照英
流川=ガクト
赤木キャプテン=チェ・ホンマン
赤木晴子=(思いつかなかったので適当な人気グラビアアイドルで)
宮城=m.c.A.T(ジブラさんでも可)
三井=お塩先生
安西監督=岸部シロー



 照英.jpg
 (↑いつまで経っても桜木花道役に内定せず、悲しみのために号泣する照英さん)
posted by とんち番長 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画を観る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

PV(邦楽編)

 というわけでPV邦楽編であるが、先日エントリの洋楽編における、ある程度知識を持った人が見たらあまりに芸がないと思われるであろうあの選曲はいかがなものか、という気がしないでもないが、しかしあれは評価されてしかるべきPVは当然しかるべき評価がされるべきだ、という趣旨で執り行ったからあのような選曲になったわけであり、というようなわけでそういうわけなのでございます。橋田壽賀子でございます。

 で、早速、先日の洋楽のときと同じように秀逸邦楽PV10点を選出しようしたところ、まあ困った。
 所有しているDVDやYouTubeなどで思いつくかぎりのPVをあらためて見直してみたが、それなりにいいと思えるものはあるものの、何度観ても面白いものとなると、これがほとんどない。

 まあ全然なくはないので、だったら誰に強制されたわけでもないので数を減らせばいいのだが、とはいえここは10というキリのいい数字になんだかこだわりたりたくもあり、が、そうはいってもないものはやっぱりなくて、困る。

 そんなこんなで試行錯誤した挙句、どうにか10点選んでみた。

@スーパーカー「LAST SCENE」

スーパーカーのPVにはCG技術をふんだんに駆使したいかにも「アートしている」モノが少なくないが、あれらはどうも退屈にしか感じられない。が、「LUCKY」や「BE」や「WHITE SURF style 5.」、あるいは本作のように毒やユーモアを織り込んでいるPVはとても面白くて良い。とくに、本PVにおける「泥酔オヤジの舞い」は一見の価値アリ。「まさかこんな絵で感動するとは」と、なんだか目から鱗が落ちたような格好だ。それにしても楽曲の内容、あるいはこのバンドのスタイルからしてもそうだが、けっして「オモシロ」なPVに仕上げる必要がないはずなのになぜにここまでやるか、と考えてみるに、PVの制作はバンドにとってちょっとした息抜きのような効果が働いていたのかもしれない。などと、もっともらしいことを言ってみた。

Aフィッシュマンズ「ナイトクルージング」

幻想的な映像をバックにメンバーの3人がほとんど飛んだり跳ねたりしているだけの作品なのだが、なぜだかとても良い。陳腐な結論になってしまうが、たぶんこの「ナイトクルージング」という楽曲が(と同時にフィッシュマンズの音楽全体が)醸す「ゆらゆらとした空虚感」が映像作品として過不足なく表現されているからなのだろう。と、またもやもっともらしいことを言ってみた。

Bhide with Spread Beaver「ROKET DIVE」

かなり前に『ミュージックマガジン』という雑誌で「日本のミュージック・ヴィデオのトップランナーはヒデと布袋である」などというようなことを音楽ライターの方が書かれていたが、あれには激しく同意した。布袋に関して真面目に語るのは今の俺には難しいが、ヒデの映像作品はあらためて観直してもそのクオリティの高さに驚く。ヴィジュアル系なるスタイルを提唱したのはヒデだったわけだが、それは世界でも屈指な我が国のデジタル技術をサウンド並びに映像面に反映させたオリジナルな世界を確立することにあったのではないかと、これらの映像作品を観て思う。

C宇多田ヒカル「TRAVELING」

優れた曲だからといって、むろん優れたPVが作りやすいわけではない。むしろ優れた曲だからこそ、その世界観を壊さないために映像作家は細心の注意を払うのだ。と思う。ここ10年の日本の音楽シーンにおけるもっとも重要な楽曲のひとつであろう本曲のPVは、すこぶるポップかつカラフルであり、しかも躍動感にあふれていて、そのうえ寂しげな味わい深さもしっかりと映像で表現されている。いかにもカネがかかった感じながら鼻につくような「アート臭」がまったくしないのが嬉しい。宇多田ヒカルのPVには優れたモノが多いが、その中でも現時点で最高峰に位置するのがこのPVだろう。

Dゆらゆら帝国「夜行性の生き物3匹」

もの凄いインパクトである。ひょっとこの面を被った3人の人物がただただ阿波踊りを繰り広げるという、徹底的にマヌケな映像がとにかく素晴らしい。しかも、それらが途中で増殖したり、「怒りの面」に変わったりする無意味な絵を「いちいち気が利いた」カメラワークで撮り続けていく妙技などはある意味、感動的ですらある。本PVが2004年SPACE SHOWER MUSIC VIDEO AWARDSの「ベスト・オルタナティブ・ビデオ」の栄冠に輝いたのには、渋谷陽一先生やピーター・バラカン先生ならずとも誰しもが納得することであろう。

Eエレファントカシマシ「笑顔の未来へ」

「無骨」や「拙さ」がある意味での音楽的な魅力にもなっている稀有なバンドがエレカシである。で、そういった「無骨」であったり「拙い」部分はPV作品の方にもよく表れているのだが、はっきり言ってそれらのほとんどは単に「無骨」で「拙い」だけで、正直あまりいい出来とはいえない。しかし、このPVはいい。じつにいい。映像的にとくに凝ったところはないものの、宮本浩次のキャラクターを意外な形で生かしたこのうえなくチャーミングな作品である。

FINU「メシ喰うな」
町田康がかつて在籍していたパンク・バンドのPVであり、以前、YouTubeで町田康関連の映像を閲覧していたときに発見した。テレビのフィットネス番組を強烈に茶化した内容で、この曲が収録された同タイトルのアルバムが発表されたのは81年だから、当然同じ時期に制作されたはずであり、こんなパンクでアナーキーでとんちの利いたPVが20年以上も前に作られていたとはと、心底驚愕した。そんな興味深い作品をなぜここに載せてないかというと、残念ながら現在はYouTubeから削除されてしまったみたいだからで、むろん俺のせいではない。

Gノリアキ「UNSTOPPABLE」

ご存知世界初のひきこもりラッパー、ノリアキの作品。で、「ご存知」と今書いたわけだが、正直なところどれだけの人間がノリアキのことを認知しているのかのはむろんよく知らないし、ついでに申せば「世界初のひきこもりラッパー」という部分はたしか本人が名乗っていたと思うが、それが本当に正しいのかどうかはやはりまったく知らない。そんな知らないだらけのノリアキのPVだが、本作が「ある意味素晴らしい」ことは間違いなく、リリースからどれぐらい経っているのか当然知らないが、とりあえず今観てもその魅力は一ミリも色褪せてはいない、と、よく知らないなりに思う。

H藤波辰巳「マッチョドラゴン」

漫画家の松本零士と現在法廷で係争中のドラゴンこと藤波辰巳。なんでも近々発売されるという写真集の撮影のため都内某所のスタジオを訪れたドラゴンだったが、なぜかカメラマンとしてやってきた松本零士に初対面でいきなり「君、射精しなさい」と言われたことがドラゴンの逆鱗に触れ、現在の泥沼状態へと発展してしまったらしい。むろん嘘だが、それにしても気になるのが、ヴィデオを撮っているときに「オレ、なにやってるんだろう?」とか、そういう人としての率直な疑問がドラゴンの内には湧かなかったのだろうか、ということで、それ以外にも、後ろで踊っている女たちは何者なのか、今この者らはなにをやっているのか、後悔はしていないか、というかこの曲を作ったこと自体がそもそも「間違い」であるのに、そのうえなぜPVまでも作ったのか、誰か止めてくれる人はいなかったのか、等、気になることはとかく多いが、気にしたところでなんの得にもならないので注意していただきたいものである。

I藤波辰巳「ドラゴン体操」

実行した者はいずれも、咳、のどの痛み、鼻水、鼻づまり、発熱、悪寒、倦怠感、頭痛、嘔吐、下痢、腹痛等を引き起こすとされる悪魔の体操「ドラゴン体操」。風邪によく似た症状から発症した場合は風邪薬の服用が良いとされているが、すべての人間に効果があるわけではないらしく、特効薬の早急な開発が待ち望まれている。むろん嘘だが、しかしながらこのヴィデオで流れている音楽がドラゴン体操であることはどうやら間違いないらしい。それにしても気になるのがヴィデオの中でドラゴンが着用しているピンクのトレーナーで、でかでかとプリントされている動物らしきブサイクな生物は猫なのか、犬なのか、はたまたキツネかなにかなのか、というかどこで購入したものなのか、あるいは手作りなのか、それ以外にも、途中のセリフの部分で声とドラゴンの口元がまったく合ってないことや、ドラゴンと一緒に体操している子供らは今なにをやっているのか、後悔はしていないか、この曲を作曲した者はどんな人物なのか、そもそも誰かこのヴィデオを作ることを止めてくれる人間はいなかったのか、等、気になることはとかく多いが、あんまり気にしたらそれこそ病気になってしまうので注意していただきたいものである。

 
 なんてな感じで、結局最後のほうはふざけてしまったが、誰が読んでいるわけでもないだろうからとくに反省はしていない。
posted by とんち番長 at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月03日

PV(洋楽編)

 ザ・ベスト・オブ
ザ・ベスト・オブ

 先ごろ購入したレディオヘッドのPV集『THE BEST OF』を観賞。
 良い。素晴らしい。
 
 PVのほとんどはこれまで何度も観たものだったが、バンドの音楽性の変化と共にPVのほうも独自の発想・形式が表現されたモノへと進化していく、そういう過程が一気に観賞できるわけで、じつに見ごたえがあった。

 国内でこれだけのクオリティのPVを発表しているミュージシャンとなるとなかなか思い浮かばない。

 英米のマーケットに比べ予算の面で苦しい、という事情もあるのだろうが、洋モノPVのあからさまなパクりが横行しているのを見るに、優れた映像作家が圧倒的に不足していることがなにより大きいのだと思う。

 前々から思っていたことだが、音楽関係のテレビにしても雑誌にしても、PVについてもっと積極的に取り上げていい。まあ、MTV JAPANなんかでは本家のMTVと同じように、その年の優れたPVを表彰したりしているらしいが、一般的な認知度はまだまだ低いし、音楽誌にしたって年間のベスト・アルバムは発表するが、ベストPVとなるとたぶんほとんどの雑誌は取り上げていないだろう。

 面白いPVは、何度観ても面白い。

 優れたミュージシャンや楽曲についてあれだけ口を大きくして賞賛するなら、優れたPVだって当然同等の価値観でもって語られるべきだ。優れたPVが脚光を浴び、有能な映像作家が然るべき評価を受けることで、後進の映像作家が円滑に育成される環境が整えられれば、結果としてマーケットの活性化に繋がるはずで、第一、これじゃあ今現在頑張ってPVの制作をしている映像作家たちも浮かばれないだろうと、これからどんどん暑くなってくるであろう日々をいかにやりすごすかということで頭が一杯で、正直PVとかそれどころではないが、なんとなく思う。

 というわけで、PVの価値意識向上普及という意味合いを込め、勢いついでに個人的に秀逸だと思う洋楽PVを10点選出してみた。

@RADIOHEAD「STREET SPIRIT(FADE OUT)」

何度観ても面白いPVとはまさに本作のことであり、じっさい本PVが収録されたべつのソフトをすでに所持していて、それで今まで何度も観たわけだが、やはり本DVD観賞時においても何度も繰り返して観てしまった。モノクロ画面に浮かぶひたすらに美しい官能的なスローモーション映像に、ただただ圧倒されるばかり。素晴らしい。紛うことなき傑作。

ABLUR「THE UNIVERSAL」

秀逸PV群を世に発表しつづけているレディオヘッドとタメを張れる存在といえば、同じ英国のロック・バンド、ブラーが思い浮かぶ。どのPVも見所充分で選択に迷うが、涙をこらえてあえて選ぶなら、95年発表のPV『THE UNIVERSAL』を。俺が大好きな映画『時計じかけのオレンジ』をモチーフにした、目も眩むほどの極彩色が広がるスタイリッシュこのうえない映像美に、何度観ても酔いしれてしまう。楽曲自体素晴らしいのも当然のことながら、そのうえ画面に映るメンバー4者のルックスも抜群というのだから、断じてゲイではない俺はもとより、おそらく誰しもがこのPVを見れば当時のバンドの婦女子からの絶大な人気っぷりに納得できるに違いない。

BOASIS「D’YOU KNOW WHAT I MEAN?」
 
レディオヘッドやブラーのPVが秀作ぞろいであるのに、彼らと同世代の英国大物ロック・バンドであるオアシスのPVはやたら凡作が目立つ。「PV作りはひたすら退屈だね。オレ様ってのはミュージシャンであり俳優じゃねえんだから、カメラの前で演技なんてできねえのさ」みたいな、たしかそういうような趣旨のことを、眉毛が繋がったヴォーカリストの弟だか、同じように眉毛が繋がったギター&ヴォーカルでメイン・ソングライターでもある兄だかが以前、言っていたように記憶するが、そういったPVへの消極的な姿勢があのような形で出てしまっているのだろう。まあ、それでも『WONDERWALL』や『DON’T LOOK BACK IN ANGER』等、個人的に好きなPVは少ないながらもあるが、とりわけ97年発表の本PVに対しては思入れ深いものがある。当時は音楽シーン的にオアシスバブルがピークに達していたときで、なにかとてつもないことが始まる(始まっている)予感、有無を言わせぬような尋常ならざるエネルギーが画面の隅々にとぐろを巻くように充満していて、まあようするに、なんだかものすげえ、ということだ。今秋には新作がリリースされるらしいが、新曲、そしてPVのほうもこれぐらい気合の入った作品になっていることを強く望む。

CPULP『DISCO2000』

うん、ま、言うほど優れたPVじゃないと反論されればたしかにごもっともですと返答するつもりですが、当時毎週欠かさず見ていた『BEAT UK』という洋楽専門のテレビ番組でしょっちょうオンエアされていたころの淡い記憶が蘇る思い出のPVということで。パルプ再評価の願いも込め、ぜひ。

DROBERT MILES「CHILDREN」

ロバート・マイルズという、今はなにしているかよくわからないミュージシャンのPVで、当時何週にも渡ってUKチャートの首位をゲットしていた曲であり、これも『BEAT UK』でしょっちゅうオンエアされていた。ちなみに『踊る大走査線』の劇中でこれによく似た曲がかかっていたが、あれはあきらかにこの曲のパクリだろう(違ってたらスンマセーン)。

EEELS「NOVOCAINE FOR THE SOUL」

ミュージシャンが宙を舞いながらパフォーマンスを行う、などというアイデアなんて誰もが考えつくはずだが、いざやろうと思っても費用や労力面の負担が甚大であろうことは容易に想像できるわけで、じっさい件のごときPVは、ありそうでほとんどない。と思う。本作はそういった困難な作業を豊かな発想力と粘り強い忍耐力でもって実現せしめた大作であり、発表から12年を経た今でも大いなる驚きと新鮮さに満ちあふれている。

FWEEZER「BUDDY HOLLY」
 
メンバー自身も幼いころに見ていたというアメリカのホームドラマをもとにした、もの凄く手間ひまがかかったであろう作品。ドラマとバンドの演奏シーンを巧みに合成させたキュートでプリティな筋書きで、ゆるくてほのぼのとした調子がとてもいい。

GUNKLE「RABBIT IN YOUR HEADLIGHTS」

やはりこのPVは外せない。トンネル内で何台もの車に轢かれ続けながらそれでも懸命に歩を進める浮浪者風の男が、ついには突っ込んできた車を逆に木っ端微塵に吹っ飛ばすという驚きの結末で、その衝撃的な内容にフランスなどでは放送禁止指定されているらしい。もう本当に何度も観てるが、何度観ても面白い。

HAUDIOSLAVE「COCHIS」

大量の花火が豪快に咲き乱れるなか熱いパフォーマンスを繰り広げるバンドの面々。膨大なエネルギーと幻想的な美を閉じ込めたショットも最初から最後まで完璧そのもので、爽快このうえない気分になろうというものだ。

ITHE CHEMICAL BROTHERS「LET FOREVER BE」
 
北朝鮮のマスゲームを見ているような、偏執的なまでに計算されつくした均整美に誰しもが目が釘付けになるだろう。ケミカル・ブラザーズのPVでは、同じ監督によって撮られた『STAR GUITAR』も同じように素晴らしい。

(※おまけ「世界でいちばんダサいPV」
 

 
 まだまだあるような気がするが、とりあえず以上。
 気が向いたら邦楽編をアップするかもしれない。
posted by とんち番長 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。