2008年02月06日

あなたのこだわりをオレは何に例えよう

 言うまでもなく現在社会はこだわりでできているものだ。

 たとえばサラリーマンだったら出世と給料にこだわり、セールスマンは自社の商品を売ることにとことんこだわる。
 犯人逮捕へ執拗にこだわる刑事があれば、重篤の患者を命がけで救おうとする医師のこだわりっぷりといったらない。
 難解きわまる公式を並みはずれた頭脳でこだわり約す数学者がある一方、数学者のように難解きわまる公式をこだわり約さないかわりに、食へのこだわりのためなら実の息子との関係が険悪になるのさえ厭わぬ、そんな陶芸家兼書家兼美食家のこだわりの美学を愚かであるなぞと、いったい誰が言えるというのだろう。

 あたかも「こだわりの大海原」がごとき世の中だが、ではそんな中でもとくにこだわりに溢れた職業とはいったいなんぞや、と問うたらば、誰しもが真っ先に思い浮かべるのはラーメン屋の親父ではないだろうか。

 「ラーメンの王様」
 「ラァメン家 69‘N' ROLL ONE」
 「ラーメン荘 夢を語れ」
 「創作麺工房 MIST」
 「なんつッ亭」
 「頑者」
 「哲学堂」
 
 と、まず店の名前からして親父の並々ならぬこだわりようが窺い知れる。

 といって肝心のラーメンのほうをおろそかにしていたらそれこそ本末転倒モノだが、さすがこだわりが売りのラーメン屋の親父らしく、そこらへんも一切のぬかりはない。

 ラーメンといえばとりあえず麺。当然親父は、まずそれは太麺がよいか、もしくは細麺のほうがよいかとこだわり、そのうえでそれはスープの旨みを濃縮する効能のあるちぢれ麺タイプのほうががよろしいか、いやいやのどごしの良さを強調する直線タイプのほうがよろしかろうと徹底的なこだわりを見せる。

 スープにしてもそれは同様だ。
 
 醤油。味噌。塩。とんこつ。魚介系。

 ラーメンたる食物にはとかく様々なタイプのスープがあるものだが、たとえば醤油ならばあっさり系、もしくはこってり系と旺盛にこだわり、かと思えば味噌は味噌で、

 「ウチはコクを重視した津軽産の味噌だね」

 とそのこだわりぶりを声高に主張する親父がある一方、

 「いや、オレん店はあっさりとした口当たりがウリの信州産味噌でやってくよ」

 などとこだわり返す親父の表情もなにやら自信たっぷりといった風情である。
 ここまで言えば、あとの塩、とんこつ、魚介系についてはわざわざ説明する必要もないだろう。

 さらにラーメンは、チャーシュー、ネギ、メンマ、ナルト、卵など具材が様々にあることもよく知られているが、当然ながらこれらひとつひとつの具材に対する親父のこだわりっぷりも半端ではない。

 脂身がたっぷり付いたチャーシューにこだわり尽くす親父に対して、薄く切ったチャーシューにこだわりを示す親父。その傍らで、普通に茹でたやつだ、いや燻製だと、卵への貪欲なるこだわりを隠しきれない親父が得意げに微笑む。また中には「素ラーメン」と称した、スープと刻みネギ程度のほとんど具の無いラーメンで意表をついたこだわりを見せつける親父も存在するらしいというのだから驚くばかりだ。

 しかしこんな程度のこだわりで驚いているようでは、こだわりの帝王たるとうの親父からそれこそ鼻で笑われてしまうだろう。

 親父のこだわりは宇宙をも越える。

 というのは、味、具材に対してこれほどまでにこだわってやまない親父なのであり、そのこだわり意識がドンブリ鉢や蓮華といった食器類のほうへ行くのも無理からぬ話だからである。

 黒や白、あるいは赤といったオーソドックスな色のドンブリ鉢をこだわり愛す親父があれば、どういう意図があるのかよくわからないが、無色透明のドンブリ鉢という信じられない代物にこだわりの真髄を見いだす親父だっているだろう。となれば当然、黒、白、赤の王道タイプの蓮華にこだわる親父への宣戦布告とばかりに、だいだい、あずき、山吹といった斬新な色の蓮華で新しい時代の幕開けを意気軒昂と表明するパンクなこだわり親父がいるだろうことは想像に難くない。

 こんな風にラーメン屋の親父のこだわりっぷりは、それはもう、凄まじいものであり、まあラーメン屋というのはなにぶん競争が激しい業種だろうから、かようなまでのこだわりがなければそうそう生き残ってはいかれないのだろう。

 本当に、頭が下がる。
 ああオレ、ラーメン屋じゃなくてよかったなあ。

 なんてなことを考えていた昨年末、そんなこだわりのチャンプといえるラーメン屋の親父すら越える驚愕すべきこだわりを見せつける輩に出くわした。

 その日、俺は、湾岸道路(国道357)へ車で入ろうと、対角線上の赤信号で信号待ちをしていた。車あるいはバイクの免許をお持ちのかたならおかわりいただけるだろうが、この湾岸道路というのは、神奈川県から千葉県までを結ぶほとんど一直線のような道路であり、普通の一般道よりも信号が少ないため、当然ここを往来する車両は比較的スピードを出す傾向にあるわけで、まあようするにひじょうに大掛かりなというか、「ほとんど高速」といっていい道路なのである。

 で、そこに入ろうと信号待ちをしていたら、目の前の車道、つまり湾岸道路を凄まじい勢いでペダルを漕ぎながら駆け抜けていく自転車の親父と、その自転車の親父が車道を走っているため、なかなか前のほうに行けず、親父に向かって猛烈な勢いでクラクションを鳴らしているトラック、さらにその後方で渋滞状態にある大勢の車両が右から左へ通り過ぎていった。

 驚いた。
 
 というのも、こんな光景を目撃するなど、当然ながら思ってもみなかったからだが、しかしそれ以上に驚いたのが、自転車で目の前を駆け抜けていく親父の「譲ってなるものか」みたいなというか、親父の鬼のようなその形相に一切の妥協が見られなかったからである。

 ああ……この親父、一切どく気がねえ。

 で、信号を青に変わったので奴らを追いかけるような形で湾岸道路に入ったら、数十メートル先の道路の端っこのところで車両から降りた親父とトラックのあんちゃんが

 「テメエ、なにやってんだオヤジ!」
 「うるせえ馬鹿野郎!」

 みたいな感じでもの凄く言い争っていた。

 結局、そのまま通り過ぎてしまったのでことの顛末はわからないが、それにしても自転車の親父はなぜあんな無茶なことをしでかしたのだろう。
 おそらく、どうしてもあそこを自転車で走らなければならないこだわりが親父にはあったのではないか。

 まあいずれにせよ、そこにどんなこだわりがあったかは俺にわかるはずがない。
 ただ、あの親父が悪いということだけはわかった。
posted by とんち番長 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

日曜深夜の憂鬱を吹っ飛ばす「ゆるさ」の魔力〜『シンボルず』

 どうもここ最近、具体的に言えば、ここ1、2年の間で、テレビというものをあまり観なくなった。歳をとったことが原因なのかなんなのか、詳しい事情は俺自身もわからないが、とにかくやたらとうるさい番組ばかりで、観ているだけでなんだかもの凄く疲れてしまうのだ。

 そういうわけで、最近はもっぱらテレ東の番組を観ている。
 というのも、遅まきながら最近になってテレ東の魅力を身に沁みて実感するようになったからである。

 ではテレ東の魅力・特色はなんであるかといえば、むろんそれは、番組内の空気が他の地上波民放局で放送されているそれに比べ抜群に「ゆるい」ことにほかならない。

 というのも、テレ東の番組は、基本的に、過剰な笑いや過剰な感動、あるいは過剰なBGMや過剰な宣伝告知といった、視聴者にとってときに押しつけがましく感じられるそれら「刺激物」でガチガチに固められていないからなのだろう。ともかく、フジだのテレ朝だのの番組に比べてガツガツしておらず、今の俺にとって、かの局の醸し出すゆるゆるなムードが、なんとも丁度良い塩梅に感じられるのだ。

 大体からして、かの局の看板番組と言える『TVチャンピオン』のこれまで放送されてきた企画からして、よく知られている

 「大食い王選手権」

 はもとより、

 「金魚すくい王選手権」

 だの、はたまた

 「ガラスアート王選手権」

 だの、よく考えたら地上波テレビの番組としてはおよそ似つかわしくないほど、なんともゆるくてかつおそろしく地味な企画ばかりだ。

 一方で、『田舎に泊まろう!』という番組では、田舎へ出向いたタレント自らに現地一般人の家にお泊りの交渉をガチンコでやらせるという、かつての『電波少年』だのよりもある意味よっぽど過酷とすら思えることをやってたりもしていて、なんだか凄い。

 たしかに、これらの番組で爆発的に面白いという瞬間はそうそう訪れはしないものの、安心して楽しめるという意味では、クオリティ的にひじょうに優れたものが多いと思う。
 ちゃんとエンターテインメントになっているし、コンテンツそのものだって意外に(?)しっかりしているのである。

 加えて、キャスト面の通好みな人選ぶりも、なかなかに味わい深い。

 たとえば、昨年末放送の

 『マモレ! 絶滅ニンゲン』

 というバラエティーの特番でバナナマンのふたりが司会を務めていたが、土曜の23時という時間帯にバナナマンに司会を任せるような地上波局は、(現時点で)テレ東以外には有り得ないだろう。
 
 たとえあったとしても、番組的な流れとしては日村という即効性に長けた強烈なキャラクターのインパクトに焦点を当てるばかりで、バナナマンの本来のブレーンである設楽に対してはほとんどスポットを当てない作りになっていたはずだ。事実、バナナマンが出演する他番組の収録では、設楽が面白いことをやったり言ったとしても、おそらくその多くは編集でカットされ、変わりにオモシロ顔をする日村をフレームインさせているのが現状だと思う(たぶん)。

 むろん、この『マモレ! 絶滅ニンゲン』という番組においてはそんな暴挙が犯されることなどなく、バナナマンというコンビの素材の面白さを丁寧に引き出していて、バナナマンのDVDを観賞して以来、彼らの本当の面白さを知った俺からしても、たいへん好感を持てるつくりになっていた。
 番組の企画自体も、「ジャイアンツ帽を被って昼間からふらふらしているオッサン」や、「胸の大きい女性を『ボイン』と呼ぶ輩」などを探し出し勝手に保護認定するという、なんとも痛快かつくだらない内容で、じつに面白かった。ぜひレギュラー化していただきたいものだ。

 たとえばテレ東だったら、旬真っ盛りの芸人(たとえば今だったら小島よしおとか)、つまり現在一過性的に盛り上がっている「商品」を安易に起用したりはしないのではなかろうか。いや、けっして起用しないということはないだろうが、少なくともむやみやたらに乱用し、視聴者に飽きられた途端、ポイ捨てするような無慈悲なことはしない。ような気がする。
 
 まあ、さすがにこれはちょっと褒めすぎなような気がしないでもないが、ともあれ、少なくとも才能を持った人間を大事に育てていこうという配慮、ようするにタレントへの大いなるリスペクトがあまたのテレ東番組を観るにつけ、感じられるのだ。
 
 で、そんなテレ東番組の中でも俺が好んで視聴しているのが、日曜深夜にレギュラー放送されている『シンボルず』で、いやこの番組が本当に良い。好きだ。

 メイン出演のみうらじゅんの芸風も相俟って、とにかく番組に漂っている空気がこのうえなくゆるゆるなのである。

 内容自体も、「確珍犯」だのという、町中にある「ちんぽの形をしたポール」を見つけに行ったりだの、相当にくだらない。
 そんなまことに馬鹿馬鹿しいことばかり言ったりやったりするMJや番組そのものに対して、持ち前の頭の回転の良さで的確につっこむ役割を見事にこなしているMEGUMIも、何気に良い。個人的にはこの番組を観て、MEGUMIへの好感度が上がった。というか、ちょっと好きになった。

 なんというか、胸焼けしない程度に笑える、というか、日曜深夜という憂鬱な時間にこれほどおあつらえ向きな番組もそうそうないように思うが、いかがなものか。

 と……そんなような感じで、どこかのコラムニストとかがすでに取り上げていそうなネタを気持ち真面目にもっともらしく書いてみた。
 とはいえまあ、このまま真面目に終わらせてもなんだかこそばゆい感じがするので、

 うんこ君Ver.2.jpg

 と、とりあえずこのうんこ的な画像でもって、本日のくだらないテキストを締めさせていただこう。

 
 シンボルず
シンボルず
posted by とんち番長 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビを見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。