2010年03月09日

で、ハイパーメディア・クリエイターって、なに?

 沢尻エリカが2年半ぶりに芸能活動を再開させるそうね。まあ、例の“別に”騒動で一悶着あったけど、結婚というある意味での大人としての儀式を経験したことで、エリカ様にも社会人としての責任感、自覚が芽生えたはず。なので、女優として、そしてひとりの人間として大いに成長したであろうエリカ様の今後の活動をここは我々としても温かく見守って、って、そんなことはどうでもよくて、つーかハイパーメディア・クリエイターって一体なんなの? どんなハイパーなことしてメディアをクリエイトするの。本当にわけがわかんないわ。いいかげん教えてちょうだい。具体的に!
 
 あと、沢尻といえば芸能活動を再開させるにあたって、マスコミ向けに“誓約書”を突きつけたことでも話題になっているみたいね。その内容の一部を紹介すると、

@情報や声明は正確に伝える。わい曲や誤解を招くことを避ける。
A情報を公開する前にその信憑性を十分確認し、根拠のないうわさ話は公開しない。

 とのことで、まあ@はいいとして問題はAの、って、そんなことはどうでもいいわけで、だからハイパーメディア・クリエイターって一体全体なんなのよ? 「メディア・クリエイター」は、まあ、なんとなくわかるからいいとして、「ハイパー」つうのがさっぱり意味不明。ハイパーつったら、ハイパーオリンピックくらいしか知らないし。なんなの? ねえ。マジで教えてちょうだい。一刻も早く!

 というふうに、「沢尻エリカ」といえば脊髄反射で「ハイパーメディア・クリエイター」を思い浮かべてしまう。というか、今となっては沢尻エリカよりも、むしろハイパーメディア・クリエイターの方が存在がデカい。そんな輩はアタシ以外にも多いはず。

 ハイパーメディア・クリエイター。嗚呼、なんて甘美な響きなのでしょう。ハイパーメディア・クリエイターハイパーメディア・クリエイターハイパーメディア・クリエイター……何度言葉にしても飽きないわ。
 ハイパーメディア・クリエイターがあればご飯何杯でも食べられるし、なんなら自分もハイパーメディア・クリエイターになりたいくらい。
 でも、なれない。だって、どんなことする職業だか、さっぱりワケワカメだからなりようがない。ハイパーメディア・クリエイターになること――そう、それはけっして叶わぬ夢。
 こうして、人はハイパーメディア・クリエイターという名の底なし沼にはまっていくんだわ。まったく罪な言葉ね。

 アタシが思うに、これはきっと作戦なのね。「ハイパーメディア・クリエイターって、なに?」という、普通の思考回路を持った人なら2・3ヶ月に一度、バカは3日に一度は考え込まずにはいられないでっかい謎を提示することによって、結果、沢尻エリカ自体の存在が人々の記憶から消えることがないっていう、つまりはそういうことなわけ。2年半も音沙汰なしっていう、ある意味話題性が命の芸能人からしたら危険きわまりない行動を平然ととったのも、そういうふうに考えれば納得がいくわ。

 きっと今後も、ハイパーメディア・クリエイターの詳細をつまびらかにすることはないのでしょうね。うまいこと考えたわね。悔しいけれど脱帽だわ。まあ、ハイパーメディア・クリエイターがなんなのか、仮に明かされたところで、どうせ「ふーん。そうなんだ」でしまいな話なんだろうし。
posted by とんち番長 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビを見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

スクービードゥー『Royal−Funk−a−lismo〜LIVE at 日比谷野外音楽堂』

 昨年タワーレコードの新作棚に陳列されていたアルバム『SPARKLE』をなんとなく購入して以来、スクービードゥーにどっぷりはまってしまったアタシ。その後、ライヴ盤『LIVE CHAMP〜A BEST OF SCOOBIE DO~』を聴いてさらにはまり、で、先日、その映像版となる2枚組みDVD『Royal−Funk−a−lismo〜LIVE at 日比谷野外音楽堂』を鑑賞したんだけど、これがまあじつに素晴らしい内容だったんで、誰一人読まないのをむろん承知で感想を書いてみることにするわ。

 そもそもこの日のライヴはバンドの活動10周年を記念した公演。なので、メンバー各人も気合たっぷりの演奏を繰り広げているのは当然として、なにより改めて感銘を受けたのがバンドの演奏がとっても上手なこと。
 とくに、バンドのリーダーでメイン・ソングライターでもあるマツキタイジロウのギターが圧巻! 
 とにかく演奏のバリエーションがじつに豊富なの。ロック、ファンク、ジャズ、R&B、レゲエといった様々なジャンルの音楽を血肉にしているのがよくわかるファンキーでロッキンでメロウな演奏が最高よ。きっとマツキタイジロウのギターを耳にしたら、ファンクが好きな人間も、ロック・ファンもジャズ愛好家も、はたまたR&Bやレゲエが好きな輩にしたって誰もが感嘆の声を上げるに違いないわ。

 あと、このマツキさんったら、ステージ上の立ち振る舞いが控え目な感じなのがまた素敵。って書くとなんだか消極的で観ていてつまんないんじゃねーか?と想像してしまうお前らがいるかもしれないけど、そうではなくて、水を得た魚のようにギターをかき鳴らす姿からは、リーダーなんだから目立とうとかいかにもロッカーっぽく気取ったりするんじゃなしに、ただただ最高のサウンドを鳴らしてお客さんを楽しませたい、という音楽に対するまっすぐな心意気が感じ取れるの。その様は、まさにギター大好き少年がそのまま大人になったかのよう。マジで惚れたわ。

 でも、このライヴの本当のMVPは、当日会場に集まったお客さんと、そのお客さんの姿をハンディカメラで映像に捉えたスタッフさんたちかもしれないわね。酒を飲みつつ体全体を使ってめいっぱい踊る男子、「最高最高!」とステージに向かって高らかに声援を浴びせる女子、傍らで会場内の通路を所狭しと駆け回る子供と、そんな光景を寝っ転がりながら笑顔で眺めるおっさん……開放感に満ちあふれた本当に生き生きとした表情をしているお客さんたちの姿にこっちまでニコニコしっぱなしになっちゃったわ。音楽DVDは数あれど、観ている人間をここまで幸せな気持ちにさせてくれる作品はそうはないと思うわ。

 
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2009年11月10日

ほっこりしたい時には

 某宗教団体の信者で、同じく某宗教団体の信者で元女子体操かなんかの選手であった方と結婚寸前になりながら、女性の方が某宗教団体を脱会したために結局、結婚自体も破談になってしまったっていう、そんなような話題でひところ世間を賑わせた「テシガワラさん」のことを隙あらばいまだに思い出して半笑いになってしまうアタシなの。
 とくにつらいときなんかは、とりあえず「テシガワラさん」のことを思い出せば、もの凄くほっこりしてとてもいい感じになるわ。

 といっても、「テシガワラさん」個人にほっこりするんではなく、「テシガワラ」っていう名前ね。
 とにかく「テシガワラ」っていう、この語感にほっこりのポイントがあるんであって、仮に「あの方」が「テシガワラさん」でなく、「スズキさん」とか「ムラカミさん」とかだったとしたら、ほっこりはおろか、まるっきり思い出しもしなかったと断言できるわ。

 ちなみに、ほっこりできる名前の代表格としては、ほかにも「キタベップ」「チョーシュー」「シムラ」「ヨモギダ」などが挙げられるわね。試しに2ちゃんねるの芸スポ&ニュース速報+板に今日上がっていたスレッドのタイトルの一部を「キタベップ」にしてみたわ。こんな感じよ。

・キタベップ氏、新グループ立ち上げへ 離党も視野に
・【経済】「キタベップ国債」大増発で金利上昇 家計、企業にダメージも
・【グラビア】「胸がないから…」大事なところがこんにちは? キタベップがDVD「SWINUTION」発売記念イベントを行う
・キタベップ、口パクコンサートに豪州のファンが激怒! 百人以上が途中退席
・【海外芸能】キタベップの父親のキタベップさん、キタベップさんの遺産から月々135万円の手当の支給を要求

 どう? 
 なんだかほっこりするでしょ? 

 ちなみに「シムラ」に関しては、当然志村けんの存在が100パー影響しているのは言わずもがなであって、そういった意味では、「キタノ」も「モリタ」も「マツモト」もてんでダメ。少なくともお笑い界の名前ほっこり度にかけては「シムラ」の独走状態と言えるでしょうね。

 そんなわけで、相も変わらず頻繁に報道されている例ののりぴー関連のニュースをテレビなどで見聞きするたび、惜しいな、って気がしてしまうアタシなの。
 
 「タカソー」って語感がね、どうもソリッド過ぎるっていうか、無駄に重苦しい雰囲気を醸していていけないわ。重苦しい名前の人間が犯罪を起こしたら、当然社会全体も重苦しくなるに決まっているじゃない。

 「ダイソー」

 そう。
 あれを「タカソー」じゃなく「ダイソー」だったらって想像してほしいの。
 どうかしら? 
 
 ね。微妙にほっこりしつつ、100円ショップ的な、やっすーい感じになるでしょ? 

 えっ? 犯罪を安く感じてどうするって? 
 いいじゃない、どうせ深刻な話題なんて腐るほどあるんだから。
 芸能人のことを考えるときぐらい、安い感じで行きたいわね、って話。

 というか、いっそのことみんな「キタベップ」や「チョーシュー」になったらいいのに。それだけで、かなりほっこりした社会ができあがる気がしてならないアタシなの。

 とかなんとか言いつつ、他人の名前で自分がほっこりするのはいいけど、自分の名前で他人にほっこりされるのはなんだか嫌なんだけどね。
 まったく不思議な話ね。
posted by とんち番長 at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

六本木で豪遊

◆早くもハゲた化けの皮!小室夫妻が六本木で豪遊大ハシャギ

「芸能人が不祥事」

「謝罪会見」

「活動自粛」

「街でハシャいでる姿を目撃される」

「反省が足りない」

 という毎度お馴染みの定番記事であるが、今回の事例はなにしろ「六本木で豪遊大ハシャギ」であっただけに、余計火に油を注いだ格好だ。
 たとえば、これが「巣鴨で豪遊大ハシャギ」であったとしたら、ここまで非難はされなかったろう。

 というわけで、以下、具体例を挙げておく(※主に関東地方)。

×(ハシャいだらダメな街)
・渋谷
・原宿
・六本木
・池袋
・銀座
・歌舞伎町
・新宿アルタ前
・赤坂
・恵比寿
・青山一丁目
・目黒
・麹町
・千葉の一部(東京ディズニーランド)
・アメリカ全都

○(ハシャいでもいい街)
・葛西
・西葛西
・五反田
・日暮里
・西日暮里
・巣鴨
・新木場
・築地
・戸越銀座
・高田馬場
・新橋
・ディズニーランドを除く千葉全体
・ウクライナ
・ガボン共和国

 さらに記事を読むと、小室夫婦が出向いたところというのが「芸能人御用達の有名なサパークラブ」であって、おまけに「KEIKOがステージに上がってノリノリ」であったらしい。サパークラブというのがなんであるのか、正直よく知らないが、やはりせめて囲碁将棋クラブぐらいにとどめておくべきだったろうし、ましてや「ノリノリ」が一層ダメだ。

 ちなみに、同じ繰り返し系言葉としては

「アゲアゲ」
「ウハウハ」
「イケイケ」
「ブイブイ」
「リンダリンダ」
「トレイントレイン」
「プリンセスプリンセス」
「佐竹チョイナチョイナ」

 などもダメであり、これらの言葉を想起される行動も控えるべきだろう。
 逆に想起させてもオーケーな繰り返し系言葉としては

「グダグダ」
「フガフガ」
「ボテボテ」
「ズデンズデン」
「バヒンバヒン」
「浅越ゴエ」
「ガリガリガリクソン」

 などがあり、今後不祥事を起こした後に街でハシャぐ予定のある芸能人のみなさんは、ぜひ参考にしてほしい。

 で、まあ、最後になってしまいましたが、全体的な結論を言えば、個人的にはじつにどうでもいい内容の記事であって、マスコミュニケーションの中の人たちはこんなことよりも、マーク・パンサーのことをもう少し気にしてあげるべきなんじゃないかと思う。
ラベル:小室哲哉 KEIKO
posted by とんち番長 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事ネタを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

俺が読みたいブログ

 傑作漫画『サルでも描けるまんが教室』の著者のおひとりである竹熊健太郎先生が、自身のブログ上で「人気ブログ」について考察された記事をアップされており(→)、早速一読してみたところ、これがなかなかにためになる内容で面白かった。

 竹熊先生曰く、まずブログの世界で4番目にアクセスを集めるのは

 「面白い記事を書く人」

 だという。
 
 とにかく笑えるとか、読んでためになるとかが基本とのことだ。

 続いて、3番目にアクセスを集めるのが

 「まめに更新する人」
 
 らしいが、これはパチンコ屋の光景を思い浮かべればわかりやすい、と思った。

 というのは、パチンコというのは基本的に台の中央にある数字の列を回転させなければ話にならず、なので、数字の列を回転させるための穴に玉がよく入る台を多く拵えているパチンコ屋には大勢の客がやって来るわけであり、逆に、数字の列を回転させる穴に玉がなかなか入らない台を多く拵えているパチンコ屋には当然客も寄りつかない、と、つまりはそういうことだ。

 と、ここまで親切に説明してあげているにもかかわらず、

 「いや、そんなふうに書かれても、自分はパチンコはやったことがないのでよくわからない」

 という輩に関しては、さすがにこれ以上説明するのは面倒なので、自分でパチンコ雑誌を熟読するなどして研究するか、もしくは、じっさいにパチンコを打ちに店のほうに行ってほしい。そして、その際大当たりしたら、どうかお金を恵んでほしい。

 で、竹熊先生のブログのほうに話を戻すと、2番目にアクセスを集めるのは
 
 「著名人」
 
 とのことで、たしかに、自分が興味を持っている著名人がブログをやっていたら、たとえたいしたことが書かれてなくともついつい頻繁に覗きに行ってしまうというものだし、ましてや、それが有名な「しょこたん」という人のブログのように、
 
 “元々売れっ子の芸能人で、なおかつ可愛い子ちゃんのオタクでもあり、しかも、そんな可愛らしい自分のリアルタイムの姿が掲載された記事を一日70回とか更新している所に人が来ないわけがない”

 などといったようなことも先生はおっしゃっているが、なるほどそれも納得だ。

 で、最終的に一番にアクセスを集める人はどんな輩であると竹熊先生はおっしゃっているのかと言えば、ズバリそれは

 「面白くてためになる記事を毎日3回以上更新し、著名人で自分の写真をバカバカ載せる可愛い子ちゃんのオタク」

 とのことで、なるほど、と、じつに納得したのは、

 「ひどくつまらないうえになんの得にもならない記事を大体2週間に一回程度、ひどいときには一ヶ月以上も放置し、無名のダメ人間で自分の写真を載せる必要が一切ないイカ臭さ満点の包茎男子」

 である俺のブログには人がまったく寄り付かないからである。

 本当に、人気ブログを作るのは大変だ。

 と思う今日この頃なわけだが、まあとりあえず自分のブログの問題は棚に上げて、もし人類の歴史に名の残している偉人がブログをやっていたとしたら、果たしてどんな感じであったろうか、という想像をしてみるのも楽しい。

 たとえば、戦国時代の覇者・織田信長がブログをやっていたらどうか。

 信長ブログの書き出しは毎回決まっている。こうだ。

 「儂が信長じゃ」

 そりゃそうだ、信長なんだから。

 と、誰しもが思うところだが、思いつつ同時に、えも言われぬ堂々たる迫力が感じられる気がするのは、やはり戦国時代の覇者たる所以か。

 なにはともあれ、信長のブログだが、

 「ついに義元(今川)を討ち取った也 」(記事タイトル:『桶狭間の戦い』)

 だの、

 「火縄銃の扱い方についてじゃが、儂の右に出る者はおらんのじゃ」(記事タイトル:『泣かぬなら殺してしまえホトトギス』)

 だの、さすが戦国時代の覇者らしく男気溢れる語り口のその文章と、ハリウッドの娯楽映画にも一歩も引けを取らぬ壮絶きわまりない日常について綴られた内容がウケて、あっという間にヤフートピックスにも頻繁に取り上げられるほどの超人気ブログとなるだろう。

 が、そんな戦国時代並びにブログ界の覇者たる信長もやはり人の子、ときにはこんな弱気な一面もブログの中で赤裸々に告白したりする。

 「思うに猿(※儂註→秀吉のことね。元・木下藤吉郎って言ったほうがみんなもわかりやすいかな?)って、子供時分には儂のわらじを知らないうちに胸元で温めてくれてたり、いろんな奉公やら戦やらを率先して引き受けてくれたり、じつに素晴らしい奴じゃ。それに比べて光秀(※儂註→無論、明智のことで或る)じゃが、あれはどうも好かん。というか、ぶっちゃけ、なにか良からぬことを奴は考えているような気がするのじゃが、読者の皆様はどう思われようか」

 そんな信長の告白に対して読者の声も様々だ。

 「いや、信長さんには悪いっすけど、光秀さんはそこまで悪い人じゃないと思いますよ」

 「あ? なに言ってんだお前? 信長さんの言うとおりだろ。信長さんのことをたいして知りもしないニワカのくせにテキトーなことぬかすなボケが」

 などといった具合に、コメント欄も爆発的な賑わいを見せることになるだろう。
 しまいには

 「VIP板から来ますた」

 といったふうな、騒ぎを聞きつけ面白半分でやってきた野次馬読者からのコメントも相次ぎ、結局ブログは、自身の最期と同様、炎上することになる。

 ブログのタイトルは『信長の野望』。
 後に信長を主役に添えたシュミレーションゲームが制作されたが、そのソフトのタイトルをここから拝借したのはあまりには有名な話だ。

 また、ロック・リスナーとしては、かつてのロック・スターがブログをやっている様を想像するのも楽しいものだ。

 たとえば、もしジミヘンがブログをやってたら、こんな感じであろうか。

 「なんでも日本だと僕の名前は“ジミ(地味)”“ヘン(変)”っていう意味になるらしいね! 「変」っていうのはアーティストとして褒め言葉になるけど、「地味」はちょっと心外かな?!(;_;)ともあれ、来週はいよいよモントレー・ポップ・フェスティヴァルに出演! メンバー全員で力を合わせて一生懸命演奏するよグッド(上向き矢印) 日本にもいつか必ず行くので、楽しみに待っててね(^▽^)/では。Jimi」

 まさか顔文字&絵文字連発とは、ギターの革命児なる異名も形無しだ。

 ガチャピンだってやっているぐらいなんだから、人間以外の生物がブログをやっている様を想像したって全然おかしくないだろう。

 平成の怪物ホース、オグリキャップのブログの書き出しはこんな感じだ。

 「ちわーっす☆ オグリでーす!!!!」

 そんなブログ、あったら読みたい。
posted by とんち番長 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

ザ・ブルー・ハーブ/O.N.O@恵比寿リキッドルーム(09年5月2日)

 ぼくにとってゴールデン・ウィーク突入前夜となった5月2日、ザ・ブルー・ハーブのコンサートを観に、恵比寿リキッドルームというコンサート会場に行ってきました。

 ブルー・ハーブのコンサートは2年ぐらい前に一度観たことがあって、今回が二度目でした。場所は同じ恵比寿リキッドルームでした(その時の模様→こちら)。

 ちなみに、ブルー・ハーブというのは日本のヒップホップ・グループのことです。

 MC(ヴォーカル)は、ILL-BOSSTINO(イル・ボスティーノ)という人で、もちろんれっきとした日本人です。BOSS THE MC(ボス・ザ・エムシー)というもうひとつの呼び名もあるのですが、基本的にファンは親しみを込めて「ボス」と呼んでいます。ぼくは、たぶん年上の人っぽいので、「ボスさん」と呼んでいます。
 メンバーは他に、トラック・メイカー(曲を作る人)のO.N.O(オー・エヌ・オー)という人と、ライブDJのDJ DYE(ディージェイ・ダイ)という人がいます。

 開演時刻の19時になろうかという時間に恵比寿に到着。待ち合わせていた友人と合流し、リキッドルームに入りました。

 事前に予想していたとおり、会場に入っているお客さんは怖い人たちでいっぱいでした。
 顔面ピアスだらけの人、全身墨だらけの人、モヒカンの人、パイナップルみたいな髪型の人……。

 「ここが超人オリンピックの会場だ」

 とキン肉マンに嘘を言っても、きっと信じたのではないかと思います。

 そんな超人たちを横目に1Fバーカウンターの隅で友人とダベっているうち、前座であるO.N.Oの演奏が始まりました。O.N.OはひとりでDJプレイというのをやっていたみたいなのですが、ぼくはDJプレイというやつにまったく興味が湧かず、なので、会場の中には入らず友人とダベり続行。
 しばらくすると、遅れてやってきた女子2人組みが

 「オー・エヌ・オー、もうやってるよー」

 と大騒ぎしながら場内へと入っていったのですが、思わず心の中で

 「“オノ”でいいじゃないか」

 と、突っ込んでしまいました。

 「O.N.O」や「BOSS」はもとより、「ZEEBRA」とか、「K DUB SHINE」とか、「Mummy-D」とか、なんの照れも疑いもなくそのまま呼ぶのには、どうも昔からぼくは抵抗があるのです。こんなことだから、いつまで経ってもぼくはアメリカンな人間になれないのでしょう。日々、反省です。

 そして、それから一時間ほどが経った後、ようやくO.N.OのDJプレイが終了。いよいよ本隊ブルー・ハーブの演奏が始まるということで、友人と一緒に場内に突入しました。

 ところで、ぼくには好きなミュージシャンがたくさんいるのですが、そんな中でもブルー・ハーブ、というかボスさんに対する距離感は、他のミュージシャンのそれとはかなり異なります。
 ブルー・ハーブのアルバムはすべて持っているので、そういった意味では「ファン」と言っていいのでしょうが、なんというか、もっと屈折しています。
 もうちょっと具体的に言うと、

 「ボスさん、かっけー」

 などと、素直に感動できるピュアな感性をぼくは持っておらず、もっと斜め上的な目線というか、どうしてもネタ的な視線でボスさんを見てしまうのです。

 もちろん、ボスさんのことは嫌いではありません。嫌いだったらCDを集めないし、ましてやコンサートにも足を運ぶわけがありません。

 かっこいいっちゃかっこいい。でも、なんか面白い。いわば、「かっこ面白い」人。
 それが、ぼくにとってのボスさんなのです。

 みうらじゅんさんという人がいますが、あの人がチャールズ・ブロンソンなどに接するときの温度に近い、と説明したらわかっていただける方もいるかもしれません(全然違うかもしれませんが)。
 
 なので、こんなふうに書くとファンの方が怒ってしまうかもしれませんが、僕はブルー・ハーブのコンサートのことは「説法会」と、ボスさんの言葉は「シャクティパット」と呼んでいます。もちろん、そこに深い意味はなく、単に「面白いから」そう呼んでいます。

 本題と関係ない話を延々としてしまい、申し訳ありませんでした。

 肝心の「説法会」、もといコンサートの内容ですが、この日のコンサートは、ブルーハーブが東京ではじめてコンサートをやった日からちょうど10年目の日だったらしく、ボスさんは歌やMCの最中に何度も「10年」と連呼していました。
 当然、気合が入っていたのでしょう、いつも以上にこれからの自身の活動、そしてグループの行く末を歌の中で鼓舞しつつ、会場にやって来ているダメな人たちに向けてお馴染みの説教(シャクティパット)も炸裂。

 「ちょっとぐらい仕事が出来るからって、いい気になってんじゃねえ」

 友人曰く、そのようなことをボスさんはおっしゃっていたらしい、です。

 らしい、って、お前も観てたんじゃねえのか、というお声もあろうかと思われますが、ごめんなさい。
 ほとんど覚えてません。
 
 疲れていたのです。
 ここ数ヶ月間、私生活的な面でいろいろと慌しく、その疲労のため、コンサートの最中も腰やケツの痛みばかりが気になって、正直、ボスさんどころではありませんでした。
 というか、

 「なんで金払ってのに、わざわざ説教されなければならないのだ」

 と、心にもないことまで思ってしまいました。

 そうこうするうち、腰&ケツの痛みに加え、調子に乗って酒を飲みすぎたため気分が悪くなってしまい、コンサートの半ばが過ぎたあたりで逃げるように退散。その後、再入場することもなく、先ほどいたバーカウンターの隅で、じっと大人しくしているハメになってしまいました。

 しばらくすると、会場内から格闘家として知られる五味隆典選手が友人らしき人と一緒に出てきて、そのまま外のほうへと消えていきました。ぼくは本物の超人を横目に見ながら、

 「やっぱりボスさんのシャクティパットを受けるのは、3年に一度ぐらいがちょうどいいな」
 
 とひとりごちつつ、やっぱり調子に乗ってもう一杯、酒を飲んでしまいました。
posted by とんち番長 at 16:29| Comment(0) | TrackBack(1) | ライヴを観る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

大人だって、でんぐり返りたい夜もある

 早いところでは既にゴールデンウィークに突入しているせいか、町中でやたらと子供を見かける。

 それにしても、道端で突然ひとりで喚き散らしたり、横断歩道をスキップしながら渡ったり、子供って面白い。

 大人だったらこうはいかない。

 道端で突然ひとりで喚き散らしたり、横断歩道をスキップしながら渡る大人は、まずいない。
 
 というか、そんな大人、嫌だ。
 じっさい、仮にいたとしても、救急車か警察を呼ばれるのが関の山だろう。

 そう。
 言い換えれば、道端で突然ひとりで喚き散らしたり、横断歩道をスキップしながら渡ったりできるのは子供の特権だ、と、そういうことなわけだ。

 なにせ、子供は自制心が利かない。

 というより、すべての行動が本能によって形作られている。
 いわば、本能の塊で出来た生き物。
 それが子供だ。

 しかし、大人だって例外がないではない。

 そう。
 酔っ払いである。

 道端で突然ひとりで喚き散らしたり、横断歩道をスキップしながら渡る酔っ払いなんて、いくらだっている。
 というか、むしろそれが普通だ。
 そればかりか、笑顔で電柱に体当たりしたり、道ですれ違った赤の他人にいきなり挨拶したり、そんなアヴァンギャルドな酔っ払いも少なくない。

 なにせ、自制心が利かない。
 それが、酔っ払いだからだ。

 なので、シラフの状態で、笑顔で電柱に体当たりしたり、道ですれ違った赤の他人にいきなり挨拶したり、そんなような大人がいるかといえば、当たりまえだが、まずいない。
 いたとしても、やはり即刻、救急車か警察を呼ばれてしまうだろう。

 しかし、それが子供であれば話はまた別だ。

 笑顔で電柱に体当たりしたり、道ですれ違った赤の他人にいきなり挨拶したりする子供なんて、いくらだっている。
 むしろ、それが普通だ。
 そればかりか、道端でいきなりうんこしたり、うんこ掴んだ手でそのまま物を食ったり、そんなわんぱく盛りな子供も少なくない。

 なにせ、自制心が利かない。
 それが、子供だからだ。

 で、まあ、なんだかまわりくどい言い回しになってしまったが、つまり、酒は美味しいから飲むのではない。

 いや、美味しいから飲む人だって当然いるだろうが、おそらく大概の人間は、

 「子供みたく、本能剥き出しな生き物になりたい」 

 だから、飲む。

 それが、酒というやつなのだろう。

 なにしろ、天下のアイドル・グループ、スマップの一員である。
 我々一般人には到底計り知れないストレスに日々、蝕まれているはずで、だからこそ、草なぎメンバーは、あの夜、人一倍子供になりたい願望が強かったのだろう、と思う。

 でなければ、真夜中の公園において、素っ裸ででんぐり返るだなんて、普通、やらない。
 酔っ払いでも

 「ああ、いかんいかん。やりすぎだ」

 と思う。
 はず。

 ではしかし、子供だったらどうか。
 これは、やりかねない。

 だから、このほどの件では、各方面大勢のお偉いさん方から批判を浴びてしまった草なぎメンバーであるが、逆に、子供からの好感度は大幅にアップしたに違いない。
 じっさい、子供は言うだろう。

 「公園で全裸ででんぐり返りって、そんなのよくあるよ」
 と。
 「むしろ、普通だよ」
 と。
 「なんなら、全裸で縄跳びとかジャングルジム登ったりだとかも、あるよ」
 と。
 「たまにうんこも食うよ」
 と。

 いや、子供だからってさすがにうんこを食らうほどの馬鹿は滅多にいないだろうが、いずれにしても、とくに深刻な被害を受けた者がいるわけでもなし、所詮子供(酔っ払い)のやったこと、と、毎日ストレスだらけの世の中なんだから、せめてこういうときくらい、大人っぽい寛大な対応を下せるような社会であってほしい、と、強く思う。

 というか、天下のアイドル・グループの一員が、深夜の公園で素っ裸ででんぐり返っているのである。
 むしろ、一緒に素っ裸になってでんぐり返る、そんな大人がひとりぐらいいたっていいじゃないか。

 まあ、酔った勢いで他人に絡んでくるような輩は嫌いだし、そういう奴は死んでもいいと思うが、酔いに任せて公園で素っ裸になったうえでんぐり返る人は、どうも嫌いになれない。
posted by とんち番長 at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

まだケツが痛い

 発症から既に4日ほど経つが、ケツの痛みが(※尾てい骨のあたり。痔、ではない)一向におさまる気配がなく、つらい。

 というか、日を追うごとにむしろ痛みが増している。
 ような気がする。

 医者にケツを見られたくないので、もちろん病院に行くつもりはさらさらないが、せめて患部にエアーサロンパスを吹きかければ少しはマシになるのではないか、と迷っている。
 
 問題は、尾てい骨に向かって一ミリもずらさずにエアーサロンパスを吹きかけなければならない、ということで、万が一ポイントがずれて、金玉及び肛門付近にエアーサロンパスが付着したら、金玉及び肛門周辺がスースーし、結果的に今以上の危機的状況に陥ってしまうことだ。

 「ここ一ヶ月間の疲労の皺寄せか、先日から尾てい骨あたりに痛みを感じるようになったので、患部に向かってエアーサロンパスを吹きかけたのだが、誤まって金玉及び肛門付近にもエアーサロンパスが付着してしまい、結果的によりひどい状況に陥ってしまった。とにかく、尾てい骨が痛いうえに、金玉及び肛門付近がスースーしてかなわない。なので、今日は仕事を休ませてほしい」

 だなんて、とてもじゃないが言えない。

 なんてな感じで、ケツのことを考えるたびひどく落ち込む日々を送っているが、落ち込むと言えば、世界的な経済の落ち込みようは相当なものだと言われている。

 具体的には、物が売れない。
 つまり、商売が成立しない、ということで、商売が成立しなければ、当然、世の中に金が流通せず、その結果、経済が潤わない。大変だ。

 では、この危機的状況を打開するためにはどうすればいいか。

 まあ、それは経済アナリストだとか有名霊媒師だとか、それ相応の専門家に相談するのが一番手っ取り早いのだろうが、俺的にもっとも効果的だと思う打開策がないではない。

 つまり、「○○似の店員がいる店」を多くの企業が展開すればよい、と俺は思う。

 ちなみに、○○の部分には、芸能人やスポーツ選手など、各界の著名人が入る。もちろん、○○に入る著名人は日本人に限らないし、マンガのキャラクターなんかでも全然OKだ。

 具体的な例を挙げよう。

 以前、しょっちゅう通っていた古本屋にラーメンマンによく似た店員のおっさんがいた。
 まあ、じっさいはラーメンマンというより、つり目で長髪の単なる太ったおっさんだったが、とりあえずラーメンマンにしといたほうが面白いので、まあ、そういうことにしておいた。

 で、もちろん、しょっちゅう通っていたのは古本屋に通うのが俺の日課だからというのがあるが、それ以上に、ラーメンマンによく似た店員のおっさんを見たいという欲望が俺の中にあったこともたしかなのである。

 ちなみに、ラーメンマンによく似た店員のおっさんだが、現在はなぜか店から姿を消し、長らく行方不明の状態が続いている。きっとモンゴルに行っていてそのうちモンゴルマンとなって帰ってくるのだろうが、ともあれ、以降、俺がその古本屋にほとんど足を運ばなくなってしまったのは書くまでもないだろう。

 もちろん、いま挙げた例は俺個人に限った話ではない。

 「とにかく有名な人と触れ合いたい。出来れば本人がいいが、まあ、この際、似ている輩でもかまわないから、触れ合いたい!」

 と誰しもが思っているはずだ。

 その証拠に、物真似タレントがショーをするパブみたいなのが巷でかなりの賑わいを見せているというではないか。

 ようするにあれも、

 「ニセモノでもなんでもいいから、とりあえず有名な人と触れ合いたい」

 という人々の欲望の表れなのである。

・吉田栄作似の皿洗いのバイトがいるバーミヤン
・天龍源一郎似のカリスマ美容師がいる美容院
・周富徳似の店員がいるジーンズメイト
・モーガン・フリーマン似の店員がいるローソン
・阿修羅マン似の板前がいる寿司屋

 とりあえず例としていくつか挙げてみたが、誰もが思わず足を向けたくなったことと思う。

 この未曾有の経済不況を打開するためにも、会社を経営している偉い方々にはぜひとも検討していただきたいものだ。


 ともあれ、正直、そんなことはどうでもいいほどにケツが痛く、まあそれにしても、こんなことを書いて本当になんになるのだろうか。
posted by とんち番長 at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

疲労

 ケツが痛い。
 
 痔、ではない。
 具体的に言えば、尾てい骨のあたりが痛い。

 痔は、なったことはないのでよく知らないが、たしか、尻の穴がヒリヒリとかジクジクとか、なんかそんなような感じで痛い。イコール痔。

 であったはずで、であるから、症状的にいえば、俺は、痔、ではない。

 ここ一ヶ月ほど、ひじょうに慌しい日々を送っており、どうも、その皺寄せが尾てい骨のほうに来ているらしい。

 歩いているときも多少痛いが、とくに夜、眠るときに仰向けに寝っ転がり、布団に尾てい骨が触れた瞬間が、かなり痛い。

 とはいえ、いまのところ、病院に行くつもりはない。
 ほっときゃ自然に治るだろうし、第一、万が一、医者にケツを見せなきゃならない事態になったら嫌だからだ。

 にしても、疲労でケツが痛くなるとは。はじめて知った。

 まあしかし、これも不幸中の幸いだ。
 ケツが痛い程度で済んで良かった、と思わねば。

 これが

 「金玉が痛い」

 であったら最悪だ。

 疲労で金玉が痛くなるなんて有り得るのかと、甚だ疑問に思うが、絶対にないとは言いきれない。

 上にも書いたとおり、俺はいま、ケツが痛い。
 正直、つらい。

 しかし、別の言い方をすれば、たかがケツの痛みだ。ケツが痛いだのなんて、そんなのほっときゃ自然に治るだろうし、最悪、取り返しのつかない事態となり、結果として手術で尾てい骨を取り外すようなハメになったとしても、まあなんとか生きていけるだろう。

 が、金玉はこうはいかない。

 なにしろ、金玉が痛かったら不安だ。
 
 ケツみたく、ほっときゃ治るだろ、なんて大きく構えてなんか、とてもじゃないがいられない。最悪、金玉を取り外すようなハメになろうものなら、間違いなく、発狂するはずだ。金玉なしの生活なんて考えられない。

 となると、即刻病院に行ったほうが良い、ということになるが、ここでも大きな問題が発生する。

 つまり、病院に行くのだから、当然、外科だか内科だかの医者に向かって

 「金玉が痛い」

 と言わねばならない。

 言えない。そんな大それたセリフ、とてもじゃないが言えそうにない。

 しかも、医者というのは職業上、患者の症状を詳しく訊かねばならないわけで、となると当然、患者であるこちら側は具体的な症状を話さねばならなくなってくる。

 つまり、

 「ここ一ヶ月ちかく、慌しい日々を送っていたせいで疲労が溜まったためか、どうも金玉が痛い。とくに左の玉が痛い。おとついからズキンズキンとした痛みが止まらない。どうやら熱もあるようだ。なんとか治してほしい」

 とかなんとか、言わねばならない。
 
 で、まあ、なんやかんやあって、とりあえず医者に金玉を直接診てもらうことになるのだろう。念には念を入れて、レントゲンも撮ってもらい、それを医者と一緒に真剣ににらめっこ、ということにもなるのだろう。
 いずれにしても、じつにマヌケな絵面だ。最悪である。

 ああ、そう考えると、ケツが痛い程度で本当に良かった。

 
 と、いいかげん更新が滞っていたのでとりあえず書いてみたが、こんなことを書いてはたしてなんになるのだろうか。
posted by とんち番長 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

またブックオフ

 連日の寒波が嘘のように本日はTシャツ一枚で過ごせるほど清々しい陽気であったわけで、春だ、花粉だ、ブックオフだ、などといった勢いで、相変わらず、気がつきゃブックオフに足を運んでいる。

 ま、しかし、ここまでひんぱんにブックオフに行ってどうしたこうしたと書いてるんだから、まあ、読んでいる人がいるのかわかりませんが、仮にいるとして、テレビでラーメンを食うシーンを見てラーメン屋に行きたくなるのと同じ理屈でもって、俺のブログを読んでじっさいにブックオフに足を運んだ人だって多少なりとも存在するはずで、そろそろブックオフから感謝状のひとつでも貰わねばわりに合わんな、と本気で思い始めている春うららかな今日この頃。

 で、ブックオフといえば、まあ、このブログを読んでいる人がいるのかどうかはわかりませんが、仮にいるとして、例の無駄なほどに元気いっぱいの接客を行う店員をイメージする人がやはり読者諸兄の中にも多いのではないでしょうか、と問いかけつつ話を進めますと、我が住まいたる町のふたつ隣の駅に立ち構えるブックオフ。
 ここの店員の一人がとにかく異様に声のとおりがいいのである。

 まあ、読んでいる人がいるのかさっぱりわからないが、仮にいるとして、威勢のいいがなり声を響かせているアメ横のおっちゃんらの光景をイメージしてくださりますれば読者諸兄もわかりやすいかもしれない。

 とにかく、あんなような、半径50メートルぐらい離れていてもはっきりと認識できそうなほどの、ひじょうに「とおる声」の持ち主なのであって、で、これがとても困る。

 もちろん困るのは、

 「いらっしゃいませ(異様にとおる声で)」

 などと彼が店内で声を発するたびに、商品を物色中である俺の意識が遮断されることだ。

 「ありがとうございました(異様にとおる声で)」

 「なにかいらないCDや本がございましたら、ぜひ当店のほうまで……(異様にとおる声で)」

 とにかく「彼」の声ばかりに気がいって全然買い物に集中できないのである。

 それだけならまだいいが、次第に意識が朦朧とまでしてきて、結果、絶対にいらない女子十二楽坊のCDや、おなじく絶対にいらない『竜也 いまの俺』などというタイトルの藤原竜也の写真集を思わずレジに持っていってしまったことは一度や二度の話ではない。
 嘘。
 
 でも、絶対にいらなかったチャゲ&飛鳥のカラオケCDを今日思わず購入してしまったのは、きっと、あの「異様にとおる声」の店員のせいに違いない。

 ブックオフの「異様にとおる声」の店員は危険だ。
ラベル:ブックオフ
posted by とんち番長 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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