2010年07月07日
2010年03月09日
で、ハイパーメディア・クリエイターって、なに?
沢尻エリカが2年半ぶりに芸能活動を再開させるそうね。まあ、例の“別に”騒動で一悶着あったけど、結婚というある意味での大人としての儀式を経験したことで、エリカ様にも社会人としての責任感、自覚が芽生えたはず。なので、女優として、そしてひとりの人間として大いに成長したであろうエリカ様の今後の活動をここは我々としても温かく見守って、って、そんなことはどうでもよくて、つーかハイパーメディア・クリエイターって一体なんなの? どんなハイパーなことしてメディアをクリエイトするの。本当にわけがわかんないわ。いいかげん教えてちょうだい。具体的に!
あと、沢尻といえば芸能活動を再開させるにあたって、マスコミ向けに“誓約書”を突きつけたことでも話題になっているみたいね。その内容の一部を紹介すると、
@情報や声明は正確に伝える。わい曲や誤解を招くことを避ける。
A情報を公開する前にその信憑性を十分確認し、根拠のないうわさ話は公開しない。
とのことで、まあ@はいいとして問題はAの、って、そんなことはどうでもいいわけで、だからハイパーメディア・クリエイターって一体全体なんなのよ? 「メディア・クリエイター」は、まあ、なんとなくわかるからいいとして、「ハイパー」つうのがさっぱり意味不明。ハイパーつったら、ハイパーオリンピックくらいしか知らないし。なんなの? ねえ。マジで教えてちょうだい。一刻も早く!
というふうに、「沢尻エリカ」といえば脊髄反射で「ハイパーメディア・クリエイター」を思い浮かべてしまう。というか、今となっては沢尻エリカよりも、むしろハイパーメディア・クリエイターの方が存在がデカい。そんな輩はアタシ以外にも多いはず。
ハイパーメディア・クリエイター。嗚呼、なんて甘美な響きなのでしょう。ハイパーメディア・クリエイターハイパーメディア・クリエイターハイパーメディア・クリエイター……何度言葉にしても飽きないわ。
ハイパーメディア・クリエイターがあればご飯何杯でも食べられるし、なんなら自分もハイパーメディア・クリエイターになりたいくらい。
でも、なれない。だって、どんなことする職業だか、さっぱりワケワカメだからなりようがない。ハイパーメディア・クリエイターになること――そう、それはけっして叶わぬ夢。
こうして、人はハイパーメディア・クリエイターという名の底なし沼にはまっていくんだわ。まったく罪な言葉ね。
アタシが思うに、これはきっと作戦なのね。「ハイパーメディア・クリエイターって、なに?」という、普通の思考回路を持った人なら2・3ヶ月に一度、バカは3日に一度は考え込まずにはいられないでっかい謎を提示することによって、結果、沢尻エリカ自体の存在が人々の記憶から消えることがないっていう、つまりはそういうことなわけ。2年半も音沙汰なしっていう、ある意味話題性が命の芸能人からしたら危険きわまりない行動を平然ととったのも、そういうふうに考えれば納得がいくわ。
きっと今後も、ハイパーメディア・クリエイターの詳細をつまびらかにすることはないのでしょうね。うまいこと考えたわね。悔しいけれど脱帽だわ。まあ、ハイパーメディア・クリエイターがなんなのか、仮に明かされたところで、どうせ「ふーん。そうなんだ」でしまいな話なんだろうし。
あと、沢尻といえば芸能活動を再開させるにあたって、マスコミ向けに“誓約書”を突きつけたことでも話題になっているみたいね。その内容の一部を紹介すると、
@情報や声明は正確に伝える。わい曲や誤解を招くことを避ける。
A情報を公開する前にその信憑性を十分確認し、根拠のないうわさ話は公開しない。
とのことで、まあ@はいいとして問題はAの、って、そんなことはどうでもいいわけで、だからハイパーメディア・クリエイターって一体全体なんなのよ? 「メディア・クリエイター」は、まあ、なんとなくわかるからいいとして、「ハイパー」つうのがさっぱり意味不明。ハイパーつったら、ハイパーオリンピックくらいしか知らないし。なんなの? ねえ。マジで教えてちょうだい。一刻も早く!
というふうに、「沢尻エリカ」といえば脊髄反射で「ハイパーメディア・クリエイター」を思い浮かべてしまう。というか、今となっては沢尻エリカよりも、むしろハイパーメディア・クリエイターの方が存在がデカい。そんな輩はアタシ以外にも多いはず。
ハイパーメディア・クリエイター。嗚呼、なんて甘美な響きなのでしょう。ハイパーメディア・クリエイターハイパーメディア・クリエイターハイパーメディア・クリエイター……何度言葉にしても飽きないわ。
ハイパーメディア・クリエイターがあればご飯何杯でも食べられるし、なんなら自分もハイパーメディア・クリエイターになりたいくらい。
でも、なれない。だって、どんなことする職業だか、さっぱりワケワカメだからなりようがない。ハイパーメディア・クリエイターになること――そう、それはけっして叶わぬ夢。
こうして、人はハイパーメディア・クリエイターという名の底なし沼にはまっていくんだわ。まったく罪な言葉ね。
アタシが思うに、これはきっと作戦なのね。「ハイパーメディア・クリエイターって、なに?」という、普通の思考回路を持った人なら2・3ヶ月に一度、バカは3日に一度は考え込まずにはいられないでっかい謎を提示することによって、結果、沢尻エリカ自体の存在が人々の記憶から消えることがないっていう、つまりはそういうことなわけ。2年半も音沙汰なしっていう、ある意味話題性が命の芸能人からしたら危険きわまりない行動を平然ととったのも、そういうふうに考えれば納得がいくわ。
きっと今後も、ハイパーメディア・クリエイターの詳細をつまびらかにすることはないのでしょうね。うまいこと考えたわね。悔しいけれど脱帽だわ。まあ、ハイパーメディア・クリエイターがなんなのか、仮に明かされたところで、どうせ「ふーん。そうなんだ」でしまいな話なんだろうし。
2010年03月04日
名前
猿岩石の有吉が再ブレイクしていることは世間に疎いアタシでもさすがによく存じ上げているわ。なんでも同僚の芸能人どもに面白おかしいあだ名を付けるのが大ウケしたそうね。たしかに、和田アキ子に「リズム&暴力」って命名しちゃうなんて、とってもセンスを感じちゃうわ。
アタシが和田某にあだ名を付けるとしたらそうね、ズバリ「感じの悪いゴリラ」ね。ちなみに、若槻千夏が「日焼けゴリラ」で、その他「歌が上手いゴリラ」(AI)、「昔、ボクシングが上手かったゴリラ」(ガッツ石松)、「最近とんと見かけないグラビアゴリラ」(根元はるみ)って、ああ、己のセンスのなさに我ながらあきれ果てちゃう。いつか倖田來未に付けた「エロゴリラ」ってのは結構気に入ってんだけど(※エロゴリラ的な記事→★)、アタシの真似して「エロゴリラ」って呼んでいる輩はいっぺんも見かけたことがないので、どっちにしろやっぱりセンスがないのね。悲しいわ。
ともあれ、有吉にかぎらず、色々なモノにセンスに溢れた名前を付けちゃう人はもの凄く尊敬しちゃう。それは、音楽のジャンル名に関してもそう。
たとえば、“ロックンロール”。
ギター、ベース、ドラムスなどがけたたましいサウンドを撒き散らす「アレ」は、たしかに“ロックンロール”としか言えない代物。まさに言いえて妙な、みなが納得の名前だわね。
“テクノ”。最先端って感じがズバリはまってるわ。
“ジャズ”。「JAZZ」って、英語で「Z」がふたつ続けて付いてるあたり、なんだかオシャレでイカしたあのサウンドの雰囲気にピッタリって感じ。
“クラシック”。高級そうで近寄りがたいっていうイメージどおりの名前ね。納得。
“カントリー”
「“国”……? なにそれ」
みたいな。
まあ、“カントリー”ってのは「田舎」っていう意味もあるらしいから、たぶん日本で言う“浪曲”みたいな意味合いで名付けられたんだろうけど、いずれにしろセンスのない人間が命名しちゃったっていう悪い見本ね。
“チンコ”
って、「あの物体」にいったい、誰がどういう考えで名前を付けたんだろうって、いい年して未だに月イチペースで考え込んじゃうアタシなの。
やっぱり、見た目が「珍」って感じだから、“チンコ”なのかしら。漢字にした場合は、“珍子”? しかも、“チンポ”“チンポコ”“チンチン”なんてふうにも呼んだりするし。
アタシが想像するに、たぶん最初は“チンチン”だったはず(漢字だと“珍々”)。で、“オチンチン”は、生まれがいい人用の呼び名だわね、きっと。ところが、「“チンチン”(“オチンチン”)って、なんじゃい! ふざけてんのか!!」ってことで、“チンポ”派が台頭してきたのね。で、さらにそこに“チンポコ”派も加わって……結果、三つ巴の戦争よ。
もちろん、こんなの歴史の教科書には載ってないわ。当たりまえじゃない。未来の人類に知れたらロクなことにはならないって、過去の人間が歴史から抹消したのよ。政治の世界ではよくあることだわ。納得。
まあでも、なんだかんだ言ってアタシ的に一番凄いと思うのはドクター中松先生だわね。なんてったって、「例の灯油のアレ」に“醤油チュルチュル”って付けちゃうんだから、その類稀なセンスには脱帽するしかないでしょうよ。
って、いま何気にウィキペディアで「ドクター中松」の項目眺めたら、先生の著書の中にこんなタイトルのモノがあったんだけど。
『バカと天才は紙一重』
納得。
アタシが和田某にあだ名を付けるとしたらそうね、ズバリ「感じの悪いゴリラ」ね。ちなみに、若槻千夏が「日焼けゴリラ」で、その他「歌が上手いゴリラ」(AI)、「昔、ボクシングが上手かったゴリラ」(ガッツ石松)、「最近とんと見かけないグラビアゴリラ」(根元はるみ)って、ああ、己のセンスのなさに我ながらあきれ果てちゃう。いつか倖田來未に付けた「エロゴリラ」ってのは結構気に入ってんだけど(※エロゴリラ的な記事→★)、アタシの真似して「エロゴリラ」って呼んでいる輩はいっぺんも見かけたことがないので、どっちにしろやっぱりセンスがないのね。悲しいわ。
ともあれ、有吉にかぎらず、色々なモノにセンスに溢れた名前を付けちゃう人はもの凄く尊敬しちゃう。それは、音楽のジャンル名に関してもそう。
たとえば、“ロックンロール”。
ギター、ベース、ドラムスなどがけたたましいサウンドを撒き散らす「アレ」は、たしかに“ロックンロール”としか言えない代物。まさに言いえて妙な、みなが納得の名前だわね。
“テクノ”。最先端って感じがズバリはまってるわ。
“ジャズ”。「JAZZ」って、英語で「Z」がふたつ続けて付いてるあたり、なんだかオシャレでイカしたあのサウンドの雰囲気にピッタリって感じ。
“クラシック”。高級そうで近寄りがたいっていうイメージどおりの名前ね。納得。
“カントリー”
「“国”……? なにそれ」
みたいな。
まあ、“カントリー”ってのは「田舎」っていう意味もあるらしいから、たぶん日本で言う“浪曲”みたいな意味合いで名付けられたんだろうけど、いずれにしろセンスのない人間が命名しちゃったっていう悪い見本ね。
“チンコ”
って、「あの物体」にいったい、誰がどういう考えで名前を付けたんだろうって、いい年して未だに月イチペースで考え込んじゃうアタシなの。
やっぱり、見た目が「珍」って感じだから、“チンコ”なのかしら。漢字にした場合は、“珍子”? しかも、“チンポ”“チンポコ”“チンチン”なんてふうにも呼んだりするし。
アタシが想像するに、たぶん最初は“チンチン”だったはず(漢字だと“珍々”)。で、“オチンチン”は、生まれがいい人用の呼び名だわね、きっと。ところが、「“チンチン”(“オチンチン”)って、なんじゃい! ふざけてんのか!!」ってことで、“チンポ”派が台頭してきたのね。で、さらにそこに“チンポコ”派も加わって……結果、三つ巴の戦争よ。
もちろん、こんなの歴史の教科書には載ってないわ。当たりまえじゃない。未来の人類に知れたらロクなことにはならないって、過去の人間が歴史から抹消したのよ。政治の世界ではよくあることだわ。納得。
まあでも、なんだかんだ言ってアタシ的に一番凄いと思うのはドクター中松先生だわね。なんてったって、「例の灯油のアレ」に“醤油チュルチュル”って付けちゃうんだから、その類稀なセンスには脱帽するしかないでしょうよ。
って、いま何気にウィキペディアで「ドクター中松」の項目眺めたら、先生の著書の中にこんなタイトルのモノがあったんだけど。
『バカと天才は紙一重』
納得。
2010年03月02日
甲斐よしひろ流ロック・エンターテインメント
さっきネットのニュースサイトを眺めてたら「4人組アイドルユニットFLAMEが解散を発表」ってあってビックリしたんだけど、よく考えたらアタシってばFLAMEのメンバーの名前や曲はおろかFLAMEなる4人組アイドルユニットがこの世に存在していたこと自体まったく知らんかったわ。
あ〜あ、ビックリし損。
それにしても「解散」つって超普通。つまんないわ。もちろん、贔屓にしていたグループが解散してしまうのはファンの人らからしたらとっても悲しいこと。でも、まったく関心のないアタシのような人間からしたら、解散という通り一面なニュースを知ったところで「ふ〜ん。そうなんだ」で話はしまいよ。厳しいけれどそれが現実。
解散するにしても、
「解散というか、じつははじめから結成されていなかった」
ぐらいのビッグサプライズがなきゃ、この移り変わりが激しい音楽業界で多くの人らが後世まで語り継ぐようなグループにはなれないと思うの。
その点、日本ロック界の大御所である甲斐よしひろ先生は素敵。昨年、甲斐先生率いる甲斐バンドが解散したと思ったら5ヶ月後に再結成っていうあのビックリ仰天な一連の騒動は、「甲斐的なモノ」に全然興味がなかったアタシですらいまだに月イチペースで思い出し笑いをかましちゃうほどよ。
ちなみに調べてみたら、こないだのがなんと5度目の甲斐バンド再結成とのこと。バンドが再結成したらファンは当然嬉しいもんだけど、5度目、しかもわずか5ヵ月後の再結成ということで、さすがにファンの人らからもいいかげんにしろ的な声が挙がっていたらしいわね。なんてもったいないって思うわ。これはファンを飽きさせないための甲斐先生なりのやさしさ。つまり、ロック界でも類を見ない甲斐よしひろ流ロック・エンターテインメント的演出の一貫なのよ。「さあ、次の解散はいつかな」ぐらいにファンの人らも楽しまないとダメ。
たぶん甲斐先生のことだから、次はバンドのホームページかなんかで
「Q.次回の解散はこの中からいつになるか答えよ。A.4ヶ月後。B.37年後。C.2分後」
みたいなクイズを出題してくるとか、凡人では思いもつかぬ奇想天外な演出を今頃練っているに違いないのでしょうね。ここまできたら、解散→再結成を二億八千万回くらい繰り返し「世界でもっとも解散・再結成をしたバンド」として、ギネスブックに前人未到の金字塔を打ち立てて欲しいと思うわ。
あ〜あ、ビックリし損。
それにしても「解散」つって超普通。つまんないわ。もちろん、贔屓にしていたグループが解散してしまうのはファンの人らからしたらとっても悲しいこと。でも、まったく関心のないアタシのような人間からしたら、解散という通り一面なニュースを知ったところで「ふ〜ん。そうなんだ」で話はしまいよ。厳しいけれどそれが現実。
解散するにしても、
「解散というか、じつははじめから結成されていなかった」
ぐらいのビッグサプライズがなきゃ、この移り変わりが激しい音楽業界で多くの人らが後世まで語り継ぐようなグループにはなれないと思うの。
その点、日本ロック界の大御所である甲斐よしひろ先生は素敵。昨年、甲斐先生率いる甲斐バンドが解散したと思ったら5ヶ月後に再結成っていうあのビックリ仰天な一連の騒動は、「甲斐的なモノ」に全然興味がなかったアタシですらいまだに月イチペースで思い出し笑いをかましちゃうほどよ。
ちなみに調べてみたら、こないだのがなんと5度目の甲斐バンド再結成とのこと。バンドが再結成したらファンは当然嬉しいもんだけど、5度目、しかもわずか5ヵ月後の再結成ということで、さすがにファンの人らからもいいかげんにしろ的な声が挙がっていたらしいわね。なんてもったいないって思うわ。これはファンを飽きさせないための甲斐先生なりのやさしさ。つまり、ロック界でも類を見ない甲斐よしひろ流ロック・エンターテインメント的演出の一貫なのよ。「さあ、次の解散はいつかな」ぐらいにファンの人らも楽しまないとダメ。
たぶん甲斐先生のことだから、次はバンドのホームページかなんかで
「Q.次回の解散はこの中からいつになるか答えよ。A.4ヶ月後。B.37年後。C.2分後」
みたいなクイズを出題してくるとか、凡人では思いもつかぬ奇想天外な演出を今頃練っているに違いないのでしょうね。ここまできたら、解散→再結成を二億八千万回くらい繰り返し「世界でもっとも解散・再結成をしたバンド」として、ギネスブックに前人未到の金字塔を打ち立てて欲しいと思うわ。
2010年02月20日
スクービードゥー『Royal−Funk−a−lismo〜LIVE at 日比谷野外音楽堂』
昨年タワーレコードの新作棚に陳列されていたアルバム『SPARKLE』をなんとなく購入して以来、スクービードゥーにどっぷりはまってしまったアタシ。その後、ライヴ盤『LIVE CHAMP〜A BEST OF SCOOBIE DO~』を聴いてさらにはまり、で、先日、その映像版となる2枚組みDVD『Royal−Funk−a−lismo〜LIVE at 日比谷野外音楽堂』を鑑賞したんだけど、これがまあじつに素晴らしい内容だったんで、誰一人読まないのをむろん承知で感想を書いてみることにするわ。
そもそもこの日のライヴはバンドの活動10周年を記念した公演。なので、メンバー各人も気合たっぷりの演奏を繰り広げているのは当然として、なにより改めて感銘を受けたのがバンドの演奏がとっても上手なこと。
とくに、バンドのリーダーでメイン・ソングライターでもあるマツキタイジロウのギターが圧巻!
とにかく演奏のバリエーションがじつに豊富なの。ロック、ファンク、ジャズ、R&B、レゲエといった様々なジャンルの音楽を血肉にしているのがよくわかるファンキーでロッキンでメロウな演奏が最高よ。きっとマツキタイジロウのギターを耳にしたら、ファンクが好きな人間も、ロック・ファンもジャズ愛好家も、はたまたR&Bやレゲエが好きな輩にしたって誰もが感嘆の声を上げるに違いないわ。
あと、このマツキさんったら、ステージ上の立ち振る舞いが控え目な感じなのがまた素敵。って書くとなんだか消極的で観ていてつまんないんじゃねーか?と想像してしまうお前らがいるかもしれないけど、そうではなくて、水を得た魚のようにギターをかき鳴らす姿からは、リーダーなんだから目立とうとかいかにもロッカーっぽく気取ったりするんじゃなしに、ただただ最高のサウンドを鳴らしてお客さんを楽しませたい、という音楽に対するまっすぐな心意気が感じ取れるの。その様は、まさにギター大好き少年がそのまま大人になったかのよう。マジで惚れたわ。
でも、このライヴの本当のMVPは、当日会場に集まったお客さんと、そのお客さんの姿をハンディカメラで映像に捉えたスタッフさんたちかもしれないわね。酒を飲みつつ体全体を使ってめいっぱい踊る男子、「最高最高!」とステージに向かって高らかに声援を浴びせる女子、傍らで会場内の通路を所狭しと駆け回る子供と、そんな光景を寝っ転がりながら笑顔で眺めるおっさん……開放感に満ちあふれた本当に生き生きとした表情をしているお客さんたちの姿にこっちまでニコニコしっぱなしになっちゃったわ。音楽DVDは数あれど、観ている人間をここまで幸せな気持ちにさせてくれる作品はそうはないと思うわ。
そもそもこの日のライヴはバンドの活動10周年を記念した公演。なので、メンバー各人も気合たっぷりの演奏を繰り広げているのは当然として、なにより改めて感銘を受けたのがバンドの演奏がとっても上手なこと。
とくに、バンドのリーダーでメイン・ソングライターでもあるマツキタイジロウのギターが圧巻!
とにかく演奏のバリエーションがじつに豊富なの。ロック、ファンク、ジャズ、R&B、レゲエといった様々なジャンルの音楽を血肉にしているのがよくわかるファンキーでロッキンでメロウな演奏が最高よ。きっとマツキタイジロウのギターを耳にしたら、ファンクが好きな人間も、ロック・ファンもジャズ愛好家も、はたまたR&Bやレゲエが好きな輩にしたって誰もが感嘆の声を上げるに違いないわ。
あと、このマツキさんったら、ステージ上の立ち振る舞いが控え目な感じなのがまた素敵。って書くとなんだか消極的で観ていてつまんないんじゃねーか?と想像してしまうお前らがいるかもしれないけど、そうではなくて、水を得た魚のようにギターをかき鳴らす姿からは、リーダーなんだから目立とうとかいかにもロッカーっぽく気取ったりするんじゃなしに、ただただ最高のサウンドを鳴らしてお客さんを楽しませたい、という音楽に対するまっすぐな心意気が感じ取れるの。その様は、まさにギター大好き少年がそのまま大人になったかのよう。マジで惚れたわ。
でも、このライヴの本当のMVPは、当日会場に集まったお客さんと、そのお客さんの姿をハンディカメラで映像に捉えたスタッフさんたちかもしれないわね。酒を飲みつつ体全体を使ってめいっぱい踊る男子、「最高最高!」とステージに向かって高らかに声援を浴びせる女子、傍らで会場内の通路を所狭しと駆け回る子供と、そんな光景を寝っ転がりながら笑顔で眺めるおっさん……開放感に満ちあふれた本当に生き生きとした表情をしているお客さんたちの姿にこっちまでニコニコしっぱなしになっちゃったわ。音楽DVDは数あれど、観ている人間をここまで幸せな気持ちにさせてくれる作品はそうはないと思うわ。
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タグ:スクービードゥー
2010年02月04日
2009年11月10日
ほっこりしたい時には
某宗教団体の信者で、同じく某宗教団体の信者で元女子体操かなんかの選手であった方と結婚寸前になりながら、女性の方が某宗教団体を脱会したために結局、結婚自体も破談になってしまったっていう、そんなような話題でひところ世間を賑わせた「テシガワラさん」のことを隙あらばいまだに思い出して半笑いになってしまうアタシなの。
とくにつらいときなんかは、とりあえず「テシガワラさん」のことを思い出せば、もの凄くほっこりしてとてもいい感じになるわ。
といっても、「テシガワラさん」個人にほっこりするんではなく、「テシガワラ」っていう名前ね。
とにかく「テシガワラ」っていう、この語感にほっこりのポイントがあるんであって、仮に「あの方」が「テシガワラさん」でなく、「スズキさん」とか「ムラカミさん」とかだったとしたら、ほっこりはおろか、まるっきり思い出しもしなかったと断言できるわ。
ちなみに、ほっこりできる名前の代表格としては、ほかにも「キタベップ」「チョーシュー」「シムラ」「ヨモギダ」などが挙げられるわね。試しに2ちゃんねるの芸スポ&ニュース速報+板に今日上がっていたスレッドのタイトルの一部を「キタベップ」にしてみたわ。こんな感じよ。
・キタベップ氏、新グループ立ち上げへ 離党も視野に
・【経済】「キタベップ国債」大増発で金利上昇 家計、企業にダメージも
・【グラビア】「胸がないから…」大事なところがこんにちは? キタベップがDVD「SWINUTION」発売記念イベントを行う
・キタベップ、口パクコンサートに豪州のファンが激怒! 百人以上が途中退席
・【海外芸能】キタベップの父親のキタベップさん、キタベップさんの遺産から月々135万円の手当の支給を要求
どう?
なんだかほっこりするでしょ?
ちなみに「シムラ」に関しては、当然志村けんの存在が100パー影響しているのは言わずもがなであって、そういった意味では、「キタノ」も「モリタ」も「マツモト」もてんでダメ。少なくともお笑い界の名前ほっこり度にかけては「シムラ」の独走状態と言えるでしょうね。
そんなわけで、相も変わらず頻繁に報道されている例ののりぴー関連のニュースをテレビなどで見聞きするたび、惜しいな、って気がしてしまうアタシなの。
「タカソー」って語感がね、どうもソリッド過ぎるっていうか、無駄に重苦しい雰囲気を醸していていけないわ。重苦しい名前の人間が犯罪を起こしたら、当然社会全体も重苦しくなるに決まっているじゃない。
「ダイソー」
そう。
あれを「タカソー」じゃなく「ダイソー」だったらって想像してほしいの。
どうかしら?
ね。微妙にほっこりしつつ、100円ショップ的な、やっすーい感じになるでしょ?
えっ? 犯罪を安く感じてどうするって?
いいじゃない、どうせ深刻な話題なんて腐るほどあるんだから。
芸能人のことを考えるときぐらい、安い感じで行きたいわね、って話。
というか、いっそのことみんな「キタベップ」や「チョーシュー」になったらいいのに。それだけで、かなりほっこりした社会ができあがる気がしてならないアタシなの。
とかなんとか言いつつ、他人の名前で自分がほっこりするのはいいけど、自分の名前で他人にほっこりされるのはなんだか嫌なんだけどね。
まったく不思議な話ね。
とくにつらいときなんかは、とりあえず「テシガワラさん」のことを思い出せば、もの凄くほっこりしてとてもいい感じになるわ。
といっても、「テシガワラさん」個人にほっこりするんではなく、「テシガワラ」っていう名前ね。
とにかく「テシガワラ」っていう、この語感にほっこりのポイントがあるんであって、仮に「あの方」が「テシガワラさん」でなく、「スズキさん」とか「ムラカミさん」とかだったとしたら、ほっこりはおろか、まるっきり思い出しもしなかったと断言できるわ。
ちなみに、ほっこりできる名前の代表格としては、ほかにも「キタベップ」「チョーシュー」「シムラ」「ヨモギダ」などが挙げられるわね。試しに2ちゃんねるの芸スポ&ニュース速報+板に今日上がっていたスレッドのタイトルの一部を「キタベップ」にしてみたわ。こんな感じよ。
・キタベップ氏、新グループ立ち上げへ 離党も視野に
・【経済】「キタベップ国債」大増発で金利上昇 家計、企業にダメージも
・【グラビア】「胸がないから…」大事なところがこんにちは? キタベップがDVD「SWINUTION」発売記念イベントを行う
・キタベップ、口パクコンサートに豪州のファンが激怒! 百人以上が途中退席
・【海外芸能】キタベップの父親のキタベップさん、キタベップさんの遺産から月々135万円の手当の支給を要求
どう?
なんだかほっこりするでしょ?
ちなみに「シムラ」に関しては、当然志村けんの存在が100パー影響しているのは言わずもがなであって、そういった意味では、「キタノ」も「モリタ」も「マツモト」もてんでダメ。少なくともお笑い界の名前ほっこり度にかけては「シムラ」の独走状態と言えるでしょうね。
そんなわけで、相も変わらず頻繁に報道されている例ののりぴー関連のニュースをテレビなどで見聞きするたび、惜しいな、って気がしてしまうアタシなの。
「タカソー」って語感がね、どうもソリッド過ぎるっていうか、無駄に重苦しい雰囲気を醸していていけないわ。重苦しい名前の人間が犯罪を起こしたら、当然社会全体も重苦しくなるに決まっているじゃない。
「ダイソー」
そう。
あれを「タカソー」じゃなく「ダイソー」だったらって想像してほしいの。
どうかしら?
ね。微妙にほっこりしつつ、100円ショップ的な、やっすーい感じになるでしょ?
えっ? 犯罪を安く感じてどうするって?
いいじゃない、どうせ深刻な話題なんて腐るほどあるんだから。
芸能人のことを考えるときぐらい、安い感じで行きたいわね、って話。
というか、いっそのことみんな「キタベップ」や「チョーシュー」になったらいいのに。それだけで、かなりほっこりした社会ができあがる気がしてならないアタシなの。
とかなんとか言いつつ、他人の名前で自分がほっこりするのはいいけど、自分の名前で他人にほっこりされるのはなんだか嫌なんだけどね。
まったく不思議な話ね。
2009年09月29日
エレファントカシマシ/ザゼン・ボーイズ@JCBホール(09年9月23日)
ああ危ない危ない。ネタのつもりだったのがマジで次の更新が5年後になるところだったわ。ちょっとダラけるとすぐこれなんだから。ほんとにダメね、アタシは。
で、ま、とりあえず心機一転ってことで、今日からはオカマキャラでやっていくつもりよ。
や、オカマっていや、美輪明宏とか美川憲一とかおすぎとピーコとかあと和田アキ子とか、って、あっ…! アタシとしたことがとんだミステイク。
和田アキ子はオカマじゃなくオスゴリラの間違いだったわね。
訂正してお詫びするわ。
で、まあそれはともかく、なぜだか「オカマは毒舌吐いても許される」みたいな風潮が世間にあるじゃない? なので、このブログでアタシも毒舌吐くことが間々あるかもしれないけど、「ま、オカマだからしょうがないな」ってことで許していただければこれ幸いよ。
というわけで、記念すべき再始動一発目の記事は、先日JCBホールつうところで行われたエレカシとザゼン・ボーイズの対バン・ライヴのレポートよ。
なにしろアタシにとってエレカシとザゼン・ボーイズっていや両方とも大好きなバンドなもんで、その両者が対バンで見られるなんてまさに夢のまた夢。
言ってみりゃ、アパートの隣の部屋から天龍源一郎の入場テーマ曲が大音量かつエンドレスで鳴り響いていて、いいかげんうるさいんで文句言いに行ったら、部屋から出てきたのが天龍本人だった、みたいな感覚よ。
ようするに、「とんでもねえ」ってこと。
以前、雑誌のインタヴューで、若かりし頃にエレカシのCDをよく聴いていたと向井先生がおっしゃっていたけれど、今のエレカシについてはどう思っているんだろ(たぶん興味ないんだろうなー)、とか、宮本先生はザゼン・ボーイズのことどう思っているんだろ(たぶん興味ないんだろうなー)とか、あと楽屋でどんな挨拶交わすんだろ(もの凄くぎこちない感じなんだろうなー)、とか、ともかくそんな不毛な夢想をしつつライヴ開催当日を待ちわびる毎日だったわ。
んで、ついにライヴ当日。最初に登場したのは予想通りというか当然というかザゼン・ボーイズだったわ。
これがまあ、相変わらず緊張感に満ちあふれた演奏で終始全身痺れまくり。
複雑きわなりなしに構築された楽曲を正確無比に、時にアドリブを交えながら突っ走っていく怒涛のアンサンブルはまさしく圧巻の一言で、むろん日々の練習の賜物と言やそりゃあそのとおりなんだろうけど、なによりも馴れ合いやマンネリとは常に意識的に距離を置いた、バンドしていい意味での危機感を保ち続けている姿勢がそこに反映されていることは間違いないわね。
や、2ちゃんねるっていうの? なんかCSかなんかのテレビの衛星放送的なチャンネルのホームページにエレカシとかザゼン・ボーイズのファンが集う掲示板みたいなのがあって、後日そこ覗いたらエレカシファンで大勢埋まっていた客のほとんどは棒立ち状態だったっていう書き込みがしてあったんだけど。
まあどうでもいいっちゃどうでもいいけど、なんかせっかく観に来ているのに単純にもったいねえなっつうか、いややっぱりどうでもいいけど、とりあえずありえないくらいに体動かしまくりのアタシだったわけで、実際問題周りの目なんか気にしてたらオカマなんてやってられないわよ。
というわけで、ザゼン・ボーイズのライヴは文字通り最高だったわ。
で、ザゼン・ボーイズのライヴに大満足しつつ迎えたトリのエレカシのステージ。
ダメ。ノレない。
いや、まあ、じつはなんとなくわかってたことなんだけど。
エレカシに関しては、ぶっちゃけ、ここしばらく不感症モードがずっと続いているアタシなの。
どうも前のアルバムの頃から続いている「歌謡曲路線」にまるでついていけないみたい。
ヌルイの。単純に。
あんなんで「さあ頑張ろうぜ」って歌われても、逆に頑張りたくなくなるの。
ひねくれ者の因果だわね。
いや、たしかに、この日演奏された新作アルバムからの収録曲にだって、一見従来のエレカシらしい激しい曲はあるっちゃあるわけ。でも、なんか妙に垢抜けた明朗快活ってな感じが、もうてんでダメ。アタシの苦手な80’sハード・ロックというか、さすがにあそこまで能天気な風情はないけど、正直それに近いものを感じてしまったわ。やっぱエレカシは毒とか苦悩がなくっちゃエレカシじゃないわよ。
そういった意味で、けっして悪く言うつもりはさらさらないんだけど、例のキーボードの人と、それからサポートで入っているギターの、なんだかもの凄く爽やかな感じをふりまいてらっしゃるあの方々。あの人らがどうもバンド内の「仲間意識」みたいなのを必要以上に強調してしてしまっている感がしてならないアタシなの。
つまり、ザゼン・ボーイズ内に流れる空気感とは真逆ってこと。
たしかに「仲間意識」も大事だと思うけど、芸術活動にはある程度の、いやもしかしたら「過剰なまでの緊張」ってものが必要なんじゃないかと思うわ。
まあ、ポール・マッカートニーが似たようなこと言ってたから、そのセリフ、今パクったんだけど。
なので、とりあえず、イシ君とかまた前みたく宮本先生にステージで怒られたりしちゃうかもだけど、いいかげんオリジナル・メンバー4人での演奏復活を願ってやまないアタシなの。か弱いオカマからのお願いよ。
で、最後にライヴ本体とはまったく関係ない話だけど、ザゼン・ボーイズのライヴ中におもいっきり屁ぶっこいた奴がいたわね。
アタシの右斜め前にいた輩、アンタのことよ。
なんかピクピクしてるなーと思ってたらかなり強烈に匂ってきたもんでわざとらしく辺りを見回してたけど、そんなんでアタシの目を誤魔化せると思ったら大間違いだわ。
っていうか、クサすぎ!
ライヴ前にはうんこぐらいしてきなさい!! もう!
で、ま、とりあえず心機一転ってことで、今日からはオカマキャラでやっていくつもりよ。
や、オカマっていや、美輪明宏とか美川憲一とかおすぎとピーコとかあと和田アキ子とか、って、あっ…! アタシとしたことがとんだミステイク。
和田アキ子はオカマじゃなくオスゴリラの間違いだったわね。
訂正してお詫びするわ。
で、まあそれはともかく、なぜだか「オカマは毒舌吐いても許される」みたいな風潮が世間にあるじゃない? なので、このブログでアタシも毒舌吐くことが間々あるかもしれないけど、「ま、オカマだからしょうがないな」ってことで許していただければこれ幸いよ。
というわけで、記念すべき再始動一発目の記事は、先日JCBホールつうところで行われたエレカシとザゼン・ボーイズの対バン・ライヴのレポートよ。
なにしろアタシにとってエレカシとザゼン・ボーイズっていや両方とも大好きなバンドなもんで、その両者が対バンで見られるなんてまさに夢のまた夢。
言ってみりゃ、アパートの隣の部屋から天龍源一郎の入場テーマ曲が大音量かつエンドレスで鳴り響いていて、いいかげんうるさいんで文句言いに行ったら、部屋から出てきたのが天龍本人だった、みたいな感覚よ。
ようするに、「とんでもねえ」ってこと。
以前、雑誌のインタヴューで、若かりし頃にエレカシのCDをよく聴いていたと向井先生がおっしゃっていたけれど、今のエレカシについてはどう思っているんだろ(たぶん興味ないんだろうなー)、とか、宮本先生はザゼン・ボーイズのことどう思っているんだろ(たぶん興味ないんだろうなー)とか、あと楽屋でどんな挨拶交わすんだろ(もの凄くぎこちない感じなんだろうなー)、とか、ともかくそんな不毛な夢想をしつつライヴ開催当日を待ちわびる毎日だったわ。
んで、ついにライヴ当日。最初に登場したのは予想通りというか当然というかザゼン・ボーイズだったわ。
これがまあ、相変わらず緊張感に満ちあふれた演奏で終始全身痺れまくり。
複雑きわなりなしに構築された楽曲を正確無比に、時にアドリブを交えながら突っ走っていく怒涛のアンサンブルはまさしく圧巻の一言で、むろん日々の練習の賜物と言やそりゃあそのとおりなんだろうけど、なによりも馴れ合いやマンネリとは常に意識的に距離を置いた、バンドしていい意味での危機感を保ち続けている姿勢がそこに反映されていることは間違いないわね。
や、2ちゃんねるっていうの? なんかCSかなんかのテレビの衛星放送的なチャンネルのホームページにエレカシとかザゼン・ボーイズのファンが集う掲示板みたいなのがあって、後日そこ覗いたらエレカシファンで大勢埋まっていた客のほとんどは棒立ち状態だったっていう書き込みがしてあったんだけど。
まあどうでもいいっちゃどうでもいいけど、なんかせっかく観に来ているのに単純にもったいねえなっつうか、いややっぱりどうでもいいけど、とりあえずありえないくらいに体動かしまくりのアタシだったわけで、実際問題周りの目なんか気にしてたらオカマなんてやってられないわよ。
というわけで、ザゼン・ボーイズのライヴは文字通り最高だったわ。
で、ザゼン・ボーイズのライヴに大満足しつつ迎えたトリのエレカシのステージ。
ダメ。ノレない。
いや、まあ、じつはなんとなくわかってたことなんだけど。
エレカシに関しては、ぶっちゃけ、ここしばらく不感症モードがずっと続いているアタシなの。
どうも前のアルバムの頃から続いている「歌謡曲路線」にまるでついていけないみたい。
ヌルイの。単純に。
あんなんで「さあ頑張ろうぜ」って歌われても、逆に頑張りたくなくなるの。
ひねくれ者の因果だわね。
いや、たしかに、この日演奏された新作アルバムからの収録曲にだって、一見従来のエレカシらしい激しい曲はあるっちゃあるわけ。でも、なんか妙に垢抜けた明朗快活ってな感じが、もうてんでダメ。アタシの苦手な80’sハード・ロックというか、さすがにあそこまで能天気な風情はないけど、正直それに近いものを感じてしまったわ。やっぱエレカシは毒とか苦悩がなくっちゃエレカシじゃないわよ。
そういった意味で、けっして悪く言うつもりはさらさらないんだけど、例のキーボードの人と、それからサポートで入っているギターの、なんだかもの凄く爽やかな感じをふりまいてらっしゃるあの方々。あの人らがどうもバンド内の「仲間意識」みたいなのを必要以上に強調してしてしまっている感がしてならないアタシなの。
つまり、ザゼン・ボーイズ内に流れる空気感とは真逆ってこと。
たしかに「仲間意識」も大事だと思うけど、芸術活動にはある程度の、いやもしかしたら「過剰なまでの緊張」ってものが必要なんじゃないかと思うわ。
まあ、ポール・マッカートニーが似たようなこと言ってたから、そのセリフ、今パクったんだけど。
なので、とりあえず、イシ君とかまた前みたく宮本先生にステージで怒られたりしちゃうかもだけど、いいかげんオリジナル・メンバー4人での演奏復活を願ってやまないアタシなの。か弱いオカマからのお願いよ。
で、最後にライヴ本体とはまったく関係ない話だけど、ザゼン・ボーイズのライヴ中におもいっきり屁ぶっこいた奴がいたわね。
アタシの右斜め前にいた輩、アンタのことよ。
なんかピクピクしてるなーと思ってたらかなり強烈に匂ってきたもんでわざとらしく辺りを見回してたけど、そんなんでアタシの目を誤魔化せると思ったら大間違いだわ。
っていうか、クサすぎ!
ライヴ前にはうんこぐらいしてきなさい!! もう!
2009年07月17日
5年に一度更新するブログ
ここ一週間ばかりの期間において身に沁みてわかったこと。
いくら読んでいる人間が誰ひとりいないとはいえ、毎日更新するだなんて、特上のダメ人間である自分が出来るはずもない大言壮語を吐くようなことは、絶対にするべきじゃない。
反省。
で、なにはともあれ8日ぶりの更新となる本ブログであるわけだが、たいへん残念なことに、例によってネタがない。
ああ。困った。これは困った。
毎日欠かさずブログを更新している人は偉いと思う。本当に偉いし、尊敬する。俺には出来ない。確実に無理である。
しかも、絶対に無理なのに、毎日更新するだなんて大言壮語を吐くから、余計始末が悪い。
幸いなことに俺のブログは読んでいる人がひとりもいないので、読者からの非難のメールなどは一切届いていないが、もし読まれていた場合のことを想像するとゾッとする。これが人気ブログであったら確実に炎上するところだったろう。読んでいる人がいなくて本当に良かった。
しかし、ま、こっちは毎日書き込むほどネタがないので1週間や2週間ぶりの更新なぞ当たりまえだというのに、こないだちょっとした騒ぎになっていたが、あの有名な「しょこたん」という人なぞは、自身が運営しているブログで、先日、一日に100回だかの回数を更新したそうで、そこまでいくともはや現人神と言うしかないレベルであろう。というか、そんな一日100回も更新できるほどって、いったいどんなこと書いてるんだ。
まあ、いっぺんも読んだことがないのでわからないわけだが、おそらく、専門の学者が束でかかっても解き明かすのがきわめて困難な数式についてとか、なんかそういうような難しそうなのの研究過程をブログ上で逐一仔細に報告しているに違いない。でなければ、一日に100回更新だなんて、そんなにネタが続くわけがない。
一方、俺が書いているのは、って、数式とか難しいのを書いている人と比べるのもおこがましいが、レイモンド・マンコだのなんだのつって大喜びしているブログである。とてもじゃないが敵うわけがないではないか。
まあそういうわけで、どういうわけだが知らないが、とりあえず出来る範囲内で地道に頑張って行きたいと思う。
なんだったら、「更新は基本5年に一度」ぐらいにしておいたほうがいいかもしれない。これだったら、1週間とか2週間の頻度で更新したとして、逆に読む人はかなりのお得感があるだろうからだ。ネタがなくて本当に書くことがなかったら、じっさい5年に一度記事を更新すればいいことだ。5年ぶりに更新した記事が「レイモンド・マンコについて」だったらかなりダメな感じがしないでもないが、誰が読んでいるわけでもないのだから、気にする必要はないだろう。
というわけで、次回の更新は5年後だ。ごきげんよう。さようなら。
いくら読んでいる人間が誰ひとりいないとはいえ、毎日更新するだなんて、特上のダメ人間である自分が出来るはずもない大言壮語を吐くようなことは、絶対にするべきじゃない。
反省。
で、なにはともあれ8日ぶりの更新となる本ブログであるわけだが、たいへん残念なことに、例によってネタがない。
ああ。困った。これは困った。
毎日欠かさずブログを更新している人は偉いと思う。本当に偉いし、尊敬する。俺には出来ない。確実に無理である。
しかも、絶対に無理なのに、毎日更新するだなんて大言壮語を吐くから、余計始末が悪い。
幸いなことに俺のブログは読んでいる人がひとりもいないので、読者からの非難のメールなどは一切届いていないが、もし読まれていた場合のことを想像するとゾッとする。これが人気ブログであったら確実に炎上するところだったろう。読んでいる人がいなくて本当に良かった。
しかし、ま、こっちは毎日書き込むほどネタがないので1週間や2週間ぶりの更新なぞ当たりまえだというのに、こないだちょっとした騒ぎになっていたが、あの有名な「しょこたん」という人なぞは、自身が運営しているブログで、先日、一日に100回だかの回数を更新したそうで、そこまでいくともはや現人神と言うしかないレベルであろう。というか、そんな一日100回も更新できるほどって、いったいどんなこと書いてるんだ。
まあ、いっぺんも読んだことがないのでわからないわけだが、おそらく、専門の学者が束でかかっても解き明かすのがきわめて困難な数式についてとか、なんかそういうような難しそうなのの研究過程をブログ上で逐一仔細に報告しているに違いない。でなければ、一日に100回更新だなんて、そんなにネタが続くわけがない。
一方、俺が書いているのは、って、数式とか難しいのを書いている人と比べるのもおこがましいが、レイモンド・マンコだのなんだのつって大喜びしているブログである。とてもじゃないが敵うわけがないではないか。
まあそういうわけで、どういうわけだが知らないが、とりあえず出来る範囲内で地道に頑張って行きたいと思う。
なんだったら、「更新は基本5年に一度」ぐらいにしておいたほうがいいかもしれない。これだったら、1週間とか2週間の頻度で更新したとして、逆に読む人はかなりのお得感があるだろうからだ。ネタがなくて本当に書くことがなかったら、じっさい5年に一度記事を更新すればいいことだ。5年ぶりに更新した記事が「レイモンド・マンコについて」だったらかなりダメな感じがしないでもないが、誰が読んでいるわけでもないのだから、気にする必要はないだろう。
というわけで、次回の更新は5年後だ。ごきげんよう。さようなら。
2009年07月09日
石原軍団忘年会生中継
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先日購入した故・ナンシー関のこれまで単行本化されていなかったコラムを集めた著作『ナンシー関 リターンズ』を読む。
中にとても気になる記述を発見。
『衛星放送導入初日で幻想は打ち砕かれた』というタイトルのコラムだ。
家にBS機器を導入し、はじめて衛星放送を視聴することとなったナンシー関。なにしろネットはおろか、CSさえまだなかった時代である。期待に胸を膨らせてチャンネルを合わせたナンシー関が見た最初の衛星放送の番組のタイトルがこれだ。
「石原軍団の忘年会生中継」
猛烈に見たい。
「真っ赤な顔をしてろれつの回らない口調で神田正輝にからんでいる舘ひろし。はしゃぐ峰竜太。酔っ払って普通のオヤジと同じになっている渡哲也。わざわざ、1度衛星に飛ばしてまで全国に送らなければならない要素など、あからさまにない」
コラムではこれ以上の詳しい記述がなされてないのがひじょうに残念なかぎりだ。
いったい何分番組だったのだろうか。1時間だろうか。2時間だろうか。あるいはもっといって、5時間くらいやったのか。で、しかも、じつはそれは大晦日の放送でもあり、どうせならと新年会の模様まで生中継されたのかもしれない。
無事に年が明け、祝杯(むろん、「松竹梅」だろう)を挙げる石原軍団。
くす玉が割られ大喜びの舘。
書初めで「みどり」と書いて自分で照れる峰。
そんな峰にすぐさまちょっかいを出す舘。
ビンゴゲームでレイバンの新作サングラスが当たり得意満面の神田。
やはり神田にすぐさまちょっかいを出す舘。
そんな団員たちを横目に、頭に捻りハチマキを巻いた状態でひとりダンディに微笑む渡。
やおらテンションが上がる峰。
急に脱ぎ出す峰。
暴れる峰。
「俺も俺も」と舘全裸に。
「だったら俺も」と続いた神田、舘の頭上に己のイチモツを乗せ「ちょんまげ!」と破顔一笑。
舘、殴る。
ジャイアントスイングで応戦する神田。
「タッチタッチ!」とわけのわからぬことをわめく峰。
そんな団員たちを横目に、頭に捻りハチマキを巻いた状態でひとりレイバンのサングラスとライフルの手入れにいそしむ渡。
すっかり疲れて眠りこける舘。
まだまだ泥酔状態の神田は、酒を運ぶためやってきたADを舘と勘違いしてプランチャーを食らわすほどの始末の負えない状態に。
泣き出す峰。どうやら自分だけほっとかれていると勘違いしているみたい。
そんななか、渡はひとり寿司を食うことに夢中。
まだまだ眠る舘。
神田も疲れて眠る。
峰はまだまだ遊び足りない様子。
一方、渡は宇宙へ。
ああ……暑い。


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